月夜に狩る人、喘ぐ人。-16

リカコ、ハーバートがウエハースを片っ端から頬張るのを見て言う。

 

「あなただって何かしらの理由があってそうしてるんでしょ、」

「何をだ」

「その病的な大食い」

「俺は単に腹が満たされないからだ。みろ、この球体の腹を」

「お腹っていうか、あなたの全身そのものがひとつの球体だけどね。脚短いし」

「余計なお世話だ」

「ルボール星でのことと関係があるの?」

「あ?」

「言ってたじゃない。俺はあの星の公共の福祉と幸福のために云々かんぬんしてやったのに島流しだって」

島流しとは言っておらん、政治的亡命だ」

「政府に嫌われたという意味では同じようなもんじゃない」

「嫌われたんじゃない、俺が嫌ってやったんだ、」

 

ハーバート、ウエハースをひとつリカコに投げつける。

 

「1枚くらい食え、このすきっ歯案山子」

「すきっ歯じゃないわよあたし」

「お前の体、すきっ歯じゃねえか。鏡見てみろ、スッカスカだ」

「教えてくれたっていいじゃない、あたしだって少しは話したんだから。ねえ、なんでオジサンはそんなに食べ続けるの?」

 

 

 

月夜に狩る人、喘ぐ人。-15

リカコ、お子様ランチセットを見つめ、さめざめと泣く。おまけのクマの人形がリカコに言う。

 

「オハナシノ・ツヅキヲ・キカセテ・クダサイ」

 

リカコ、紙ナプキンで鼻を拭い、お子様ランチのスパゲッティ・ナポリタンをフォークでつっつく。

 

「お婆ちゃん子だったのね、あたし。自分の両親にはてんでなつかないような。それで、ひいお婆ちゃんとはよく行動を共にしてた。お婆ちゃんのおうちへ遊びに行くと、いつもあたしのためにお菓子とか、ご飯のときにこういうおもちゃとか、旗とか、用意してくれてた」

 

リカコ、クマの人形を一度つまみ上げ、それから型抜きライスの上に刺さった国旗の楊枝を引っこ抜く。クマ、両腕をばたつかせて言う。

 

「サミシイデスカ」

「寂しいですって?あたしが殺したようなもんじゃないの!」

「チョットイミガ・ワカリマセン」

「俺にもわからんな、」

 

ハーバート、汁粉の入っていた椀を触覚の先でくるくる回しながら言う。

 

「たぶん心臓発作って言ってたじゃないか、お前。それにお前、ガキだったんだろ。お前に蘇生術が施せたとはとても思えんね」

「でもあたしの目の前で、ねえ、目の前でだったのよ。あたし、何かできたんじゃないかって、今でも思う」

 

リカコ、スパゲッティを1本だけ口に運ぶ。ハーバート、腕を組み、リカコに訊く。

 

「それでお前、食わなくなったのか」

「【食えなく】なったのよ、あるいは【食いたく】なくなった」

「婆ちゃんが死んだことと、お前が食えなくなることと、両者に何の関係があるのか、俺にはさっぱりわからんね。おいそこのクマ吉、オレンジジュース1杯とチョコウエハースを山ほど持ってこい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

月夜に狩る人、喘ぐ人。-14

リカコ、お子様ランチのプレートに盛られたハンバーグに泣きながらナイフを入れる。おまけについてきたクマの人形がリカコを見つめている。

 

「あたし。助けられなかった」

 

リカコ、ハンバーグをさいの目に切り刻み、鼻をすすりながら半口分だけ口に運ぶ。

 

「あたし、ほんとになんにもできなかった」

「助けられなかったって、誰を助けられなかったんだ?」

 

ハーバート、おとなしく自分の席に着いてリカコにたずねる。目の前には料理ひとつない。ハーバート、指を鳴らす。

 

「汁粉だ、汁粉持ってこい」

 

サメの背びれがテーブルの上に現れる。サメはテーブルの一部をその背びれで四角く切り取っていく。そしてその四角い空洞から、汁粉の入った椀が飛び出てくる。

 

「ご苦労!」

 

ハーバート、椀をひっつかみ、豪快に汁粉を飲む。リカコはリカコで、ぼろぼろに崩したハンバーグをちまちまと食べている。

 

「……あたしのひいお婆ちゃん、」

「婆ちゃん?」

「そう。フィオナ婆ちゃん。あたしの目の前でぶっ倒れて死んじゃった」

「お前が幾つんときだ」

「4つか5つ。たぶん、心臓発作。ハービーさん、救急車って知ってる?」

「ルボール星人をなめんなよ」

「じゃ、知ってるってことね。で。そう。あたしの親が救急車呼んだんだけど、あとで親に【ダメだった】って言われた。あたし、その意味がわかんなくて、子ども心ながらにぼんやり布団のなかで考えてた。でもやっぱり、そのときはわかんなかった」

 

 

 

 

 

 

 

月夜に狩る人、喘ぐ人。-13

「掻き集めなきゃ。なくなっちゃう。あたしがなくなっちゃう、」

 

リカコ、両手で顔を覆い、ハーバートの前で泣き続ける。ハーバート、決まり悪そうに頭を掻く。

 

「あたしがバラバラ。てんでバラバラ。いない。いないの。こんなんだからダメなのよ、あたしは!」

 

リカコ、床にこぼしたすべての料理にフォークを突き刺して回る。食べ物のかすが右へ左へと飛び散っていく。

 

「き、れ、いな数字を並べないと!それから、き、れ、いな水!そうすればあたし、綺麗になれる。純粋になれる」

「数字と水だけで生きられるわけないだろう?なあ、食いたいものはないのか」

 

リカコ、ハーバートを見つめ、しばらく考え込んだのち、大声で答える。

 

「お子様ランチ!!」

 

リカコの叫び声に応えて、天井からお子様ランチセットがテーブルに落下する。デザートに添えられたプラスチック容器入りゼリーが、衝撃で宙に舞う。ハーバート、タイミング良くゼリーを受けとめ、お子様ランチのプレートに戻す。

 

 

月夜に狩る人、喘ぐ人。-12

最低。よくも飲み物でうがいなんてできるね」

ポリフェノール効果を狙ってのものだ」

「宇宙人のくせになんでポリフェノールなんてことまで知ってるの」

「平均的ルボール星人は皆おしなべて健康意識が高い」

「あなたを除いてね、ハービーさん」

「そういえばお前、さっき面白いこと言ってたな。自分の周囲20センチ以内には人を入れないって」

「ええ。それがどうしたの」

「試してやろうか」

「え?」

「俺が試してやろうか」

 

ハーバート、短い脚で椅子を降り、長さ250センチメートルのテーブルに沿って全速力でリカコに近づく。リカコ、パニックを起こしてテーブルの上のグリーンピース、ミックスサンドイッチ、ミルクセーキ、鮭のムニエルについていたタルタルソースを投げつける。

 

「ちょっとやめてやだっ!!」

 

リカコ、ハーバートの触覚に掴みかかり、ハーバートを投げ飛ばそうとする。ハーバート、顔に直撃したタルタルソースを舐めながら、リカコの頭の上のリボンと髪の毛を引っ掴む。

 

両者、取っ組み合いの喧嘩。そこにホイッスルが鳴る。

 

「仕切り直し!」

 

星条旗柄の帽子を被ったピエロ男が再登場する(注:ここでは最初に着ていた星条旗柄のベストではなく、お洒落であることを見せつけて「帽子」である)。

 

ピエロ男は両者に割って入り、ふたりを引き離す。ハーバートとリカコ、ともにゼーハー息づきながら、乱れた衣服を整える。

 

「両者ともに、着席!おのおのの場所へ!」

 

ハーバート、シワだらけになった水色のネクタイをいじくり、舌打ちしブツクサふて腐れながら、椅子に座り直す。リカコ、席に戻るなり、両手に顔をうずめて泣き出す。

 

 

月夜に狩る人、喘ぐ人。-11

「正確にはね、脂肪だの香料だのってことが問題なんじゃないの。何グラム含まれてるかってことが大問題なの」

「同じことじゃねえか」

「全然違うわよ!いい?大事なのは数字よ、数字。いったいどういう数字によってあたしの身体内部が埋め尽くされていくかが大事なの」

「何じゃそりゃ。わたしのカラダは数字でできているってCMでもやる気か?」

「宇宙人のくせにCMなんてこと知ってるのね。そうよ、そのとおりよ。あたしの体の内っかわには数字が整列してるの、それも規則正しく美しくね」

「だとすれば俺はどうなる。チーズの脂肪が腹膜にベットリ着いてます、眼球の真裏にはえのき茸が貼りついてますってか?」

 

ハーバート、冷めてしまったココアでうがいを始める。

 

月夜に狩る人、喘ぐ人。-10

「スコアって。お前何のゲームだ、そりゃ」

「ゲームじゃないわ。あたしの人生、あたしそのものよ。あたし自身を欠けさせるわけにはいかないの。それからね、」

 

リカコ、目の前に置かれたグラスと皿をすべて数十センチ前方に押しやる。

 

「最低でも周囲20センチ以内に人を近づけないようにしてる。赤外線網を張り巡らせてるイメージね、なぜってこれがあたしの、あたしひとりの世界だから」

「それじゃお前、惚れた男ともイチャイチャできんな」

「そんなことしている暇すらないわ、」

「そりゃまあそうだろう、お前の関心事は脂肪だの香料だのがメシの中に何グラム含まれてるかということだけだもんな、つまりは暇人ってことだけどな。嗚呼哀れなる逆説的存在の娘にステーキとムニエルを!」

 

ハーバートの掛け声で牛ヒレのステーキと鮭のムニエル・タルタルソース添えがリカコの前に現れる。リカコ、両手で払いのける仕草を繰り返す。

 

「あたしがあたしであることが何よりも大事なのよ、」

「悪いがな、お前はその服脱いでスッポンポンになったら即刻消滅するわ。見るからに案山子、枯れきった木の棒だ。嗚呼俺様、何と詩的な!バニラアイスクリームとスパゲッティ・ナポリタンをそれぞれ特盛りで!」

 

ハーバートの要求どおり、アイスクリームとスパゲッティが銀皿に特盛りで盛られて現れる。

 

「どうしてそう失礼なのかしらあなたって人は?ホント、偉そうによく言うわハービーさん。あなただって人のこと言えない体型してるじゃないの、特にそのお腹…」

「おうよ、せっかくだから見るか?はっきり言ってベルトをする意味がないんだよ。このベルトを外すとな、ズボンがあっという間にストーンと床に落ちてパンツしか見え…」

「結構です!見たくありません!」