もうそろそろの時分です-25

(類の家にて。)

 

「ね、お味噌汁作ってくれたのは嬉しいんだけど、長ねぎの輪切りがぜーんぶつながってるんだよね、芽衣さん。何をどうしたら、こういう不思議なことになるのかしら?」

「すべての輪っかに箸を通して遊ぶのはどうでしょうか」

「食べ物で遊ばない」

「失礼。嫌なら召し上がらなくても」

「いえ、感謝していただきますよ。それよりもあなた、仕事中にバランスボールの上で瞑想されるとすっごく気になるんですけど」

「今日は初心にかえって創世記1:1から……」

「トンスラ姿だとそこまで真面目に考えているようには見えない」

「あー。トンスラと言えば」

「何。熱い!ねぎがほんとにどこまでもつながってる。舌、ヤケドした」

「類の言うとおり、言われちゃったよ」

「言われちゃった?誰に何を?あ、誰かにヅラがバレたってこと?」

「それもあるんだけど。ほら、その、ショーンさんの件」

「……あ。あー。そういう話?」

「うん。類の見立てどおりだった」

「ほーらね?私の目、節穴じゃないんだから。それで、答えは?何て伝えたの?」

「類に言ったこととほぼ同じ内容だよ」

「つまり、結局ショーンさんとも私とも、あるいは他の誰ともってことね?」

「ご名答」

「気まずくならない?」

「運良く、何も悪いことには。これからも教会に来てください、いなくならないでくださいとは言われた。いなくなったら元気がなくなるって」

「ふーん。よっぽどご執心なんだ」

「妬いてる?」

「べーつにぃ。気にしないわよそんなこ……ねえ、炊き込みご飯の具、これ大き過ぎない?ベビーコーンまるまる1本って、何これいったい」

「とりあえずわたくしからの愛情と思っていただければこれ幸い。ああそうだ、1点聞きたいこと」

「何」

「もしあたいがブタだったら、類さんはどうします」

「ブタ?何それ」

「ショーンさんに言われた。アナタがハゲでもトンスラでもブタでも構いませんって」

「ブタっていうよりウォンバットって感じねあなたの場合。いっつもお尻振り振りしてるし」

「つまりウォンバットでも構わないと?」

「別に何とも。そもそも前にも言ったけど、ハダカデバネズミの親戚じゃない、トンスラ頭のあなたって」

「人を好きになるってのはそういう感じ?」

「恥ずかしいから私にじかに聞かないで」

「あたいはそういうことには疎いもんでねえ。ああいう家に生まれたもんだから」

「それはあなたのせいじゃないじゃない。それよりもデザート」

「冷凍キットカットならあるよ」

「じゃそれいただく……ねえこの沢庵も全部つながってるんだけど!あなた小学校の家庭科、通信簿いくつだった?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もうそろそろの時分です-24

(引き続き、教会敷地内にて。)

 

「えと。えーっとですね」

「You don't have to tell me if you don't want to. And, if I made you feel uncomfortable, I'm deeply sorry. I apologise」

「いえ。大丈夫です。それでですね、答えはnoです」

「Oh. Glad to hear that」

「で。ですね、なぜかと言いますとね。掌院、笑いますかね、これ言ったら」

「笑うとは思わない、私」

「だといいんですけど。あの。ふう。私、anchoressになりたいんです」

「Excuse me?」

「ああ。やっぱり」

「I mean. You? Anchoress?」

「無理ですよねどう考えても」

「あんまりお祈りに来ないマリヤさんが?」

「はい」

「聖書研究会で眠っているマリヤさんが?」

「ええ」

「カツラ被ってるマリヤさんが?」

「ええそのとお……ってなんで知ってるんですかっ!しかもここでは関係ないし」

「だってワタシ、掌院だもの。何でも見えるって言ったでしょう。カツラ、いらないね。取ってください」

「イヤですよ恥ずかしい」

「ハゲでも絶対綺麗ですねマリヤさんは」

「いやそこまでハゲじゃないし」

「それとも頭に花が咲いていますか」

「咲いてません」

「ではワタシが取ります」

「いやダメですってば困りま……」

「ああ!これはトンスラですね」

「ああもう……」

「ワタシ、気にしないね、アナタがハゲでもブタでもトンスラでも」

「ブタ……ああ、いや、ですからね、話を元に戻しますとね、」

「You won't be mine. Or anyone else's. I guess that's what you're trying to say?」

「……はい、exactlyどすえ」

ドストエフスキー?」

「いえ、何でもございましぇん」

プルシェンコ?」

「それも違います」

「Sorry. I digress. それで、ルイさんは知っているのですか」

「ああ。はい。私から話しました」

「反対しましたか、ルイさん」

「反対……ええ、少しは。掌院は、どうですか」

「私?ワタシは反対しないよ。さっき言ったね。自由に生きるのがいいと」

「良かった……」

「でもね。ワタシはアナタがいないと困るね。元気でなくなるね、この世で。だから、教会には必ず来てください。いなくならないでください」

「……わかりました。ありがとうございます。で、あの、カツラを返していただけませんか……掌院あの」

「ショーンね、ワタシ」

「ショーンさん。あの。ショーンさんの頭に乗っかってるそのカツラ、それ私のなんで」

「ワタシに似合う?似合っていたらワタシ貰っていい?アナタきっとすぐに元気になるね、メイ。だからワタシが記念に貰うね。ダメですか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もうそろそろの時分です-23

(10月。教会敷地内の小さな池の前にて。)

 

「ほれほれ、皆どもよ、盛大に食らいつきたまえ」

「……そこにいるのはマリヤさんですか?」

「ああ、ワシリイ掌院。こんにちは」

「マリヤさん、お祈りにはあまり出ないのに、なぜか突然現れるね。今何時ですか……午後4時ね。マリヤさんはそこで何をしていますか?」

「池の鯉にパンをあげています。鯉にも聖なるパンを」

「そのパン、コンビニの食パンだね。全然、聖パンではないね。マリヤさんやっぱりウソつきね」

「酷いなあ、ウソつきねーだなんて。お、ほれほれ、こっちにもあるぞー」

「Jokeですね、私が言ったの。今日はお友達のルイさんはいませんか」

「今日はずっと家で仕事してるようです、さっきメッセンジャーでやり取りしたら、忙しい~って言ってました」

「忙しいけどマリヤさんとは仲良くするんだね、私はマリヤさんとルイさんのfriendship、羨ましいね」

「ありがとうございます」

「ところでマリヤさん、この写真、見ますか?」

「ん?何でしょう?」

「私の息子の写真です」

「え?掌院の?うっわ髪の毛真っ赤!」

「そう、髪の毛、そ……えーっと、dyeしてるね」

「染めているんですね」

「そうそう、染める」

「随分若く見えるけど」

「24 years oldだよ。ワタシが27のときに生まれた」

「へーっ。24。いいなあ、若くて。息子さん、今はどこで暮らしていらっしゃるんですか?」

「今はね、ロンドンの近くで働いているよ。本屋。で、クリスマスに東京に来るね、彼」

「クリスマスって、今年のクリスマスってことですか?掌院に会いに?」

「うーん、ワタシに会うというのはmain purposeではなくて、ディズニーランドへ行きたいと言っているね、彼は」

「ディズニーランド……」

「なぜかというと、彼はオタクなんだね、ディズニーオタク。それにPixarとか、ワタシはよく知らないけど、彼はそういうの夢中ね」

「それじゃ教会とは全く関係のない仕事を?」

「自由に生きるのがいちばんだからね。ワタシ、止めない。それでワタシ、wifeも止めなかったよ」

「寂しくないですか、それで」

「寂しい?ううん、今ワタシは寂しくないね。とても幸せね」

「そうなんだ。なら、良かった」

「It's you, actually, 」

「え?私って?何がでしょう」

「Because of you. In this world I'm happiest when you're around」

「私が?」

「Yes, May. May I ask…Are you seeing someone? 」

「……え?あ?ええっ?!」

 

 

 

 

 

 

 

もうそろそろの時分です-22

(9月下旬。とある森林公園にて。)

 

「どうでもいいけど胡座かいて手のひら空に向けて瞑想って、あなたどういうクリスチャン」

「しっ!今ポッキーと闘ってるんだから」

「ポッキーと闘ってるって何よそれ」

「欲だよ欲、欲に抗う力を貯めるんだ」

「ポッキーにすら勝てない隠者。ああほら、果汁グミならまだたんと残ってるよ、あなたの好きなぶどう味。ほれほれ」

「そうやって目の前にちらつかせない!」

「いいじゃないお菓子くらい欲に任せて食べたって。ダイエットじゃあるまいし。あーおいしいなー」

「ダイエットなんだよこれは。余計なものを削ぎ落とし、無になり、義そのものとしての霊となるべく修道せねば」

「やっぱりどうでもいいけど裸足でいるのはやめたほうがいいんじゃない、ほらそこレジャーシートの上、蟻歩いてるよ」

「蟻?自然との一致を求めるんだよ類くん、自然との一致を」

「私まで参加させられるの」

「そうだ、クリスチャンを辞めるならば今こうしてわたくしと新たなる道に入らねば」

「何の宗教よそれ。ね、明日通院なんでしょ。天気も良くないから長居するのやめとこうよ」

「雨合羽なら持参しておる」

「あなたはいいかもしれないけど、それで体調崩したら私もショーンさんもみんな困るんだから。あーほら雨降り出してきた。頭濡れるよ」

「トンスラ頭は濡れるに任せればよい!」

「無事に生えてきてるじゃないの、毛。今度ショーンさんに見せてあげれば?今みたいにヅラ外してさ。そうすればドン引きされてフラれること間違いなしフフフフ……」

「なぜゆえこのわたくしが振られる必要があるのだ、わたくしは隠修士だぞ」

「あなたがあの人に振られると私は嬉しいの。はいはい、隠修士のくせにコミック本こんなに持参してピクニックしに来たのはどこの誰?片付けるよ?表紙、濡れてるし」

「うわあっ!!!!」

「もーやだ、雷くらいで抱きつかないの!抱きついてきてくれるのは嬉しいけど、あなたの手、さっきしこたま食べてた都こんぶの匂いがする!やめて」

 

 

もうそろそろの時分です-21

(引き続き、聖書研究会の教室にて。)

 

「私とセラフィムさん、スコットランド人とイングランド人なのに、日本のお茶飲んでいるね。不思議ね」

「なんならワシリイ掌院、僕レッドブルとビールでも買ってきましょうか」

「私、ダイエットしないといけないから、たぶんレッドブルとか飲めないね。カロリー心配。マリヤさんにレッドブル飲んでもらうね」

「遠慮いたします。ははは。掌院、太ってないですよ。身長おいくつですか。私が160だから、えーっと感覚的には」

「私、185ね。セラフィムさんは私より高いのに私より痩せてるね。悔しいね。ところでマリヤさん」

「はい、何でしょう」

「マリヤさんには好きな人はいますか?」

「えっ?何ですかあ、突然」

「私掌院だから何でも見えるけど、知らないことは沢山あるね。沢山、いろんな人にいろんなことを質問しないといけないね」

「なら掌院、僕にも同じ質問を……」

セラフィムさんの好きな人、私興味ないね」

「相変わらずキツいなあ。で、マリヤさん、どうなんですどうなんです?」

「えーっと……。好きな人。うーん。いないです。憧れてる人はいますけど」

「憧れる人とはどういう人ですか」

「うん。美人な人」

「美人じゃないと憧れませんか。男の人は格好良いとか、女の人は綺麗だとか、条件必要ですか。それは正しくないと私思う」

「いや。条件じゃないんです。背が高いとか痩せてるとか太ってるとか、お金持ちだとか。掌院、私は掌院は美人だと思います」

「おやまあ、これは!セラフィムさん、今、聞きましたか?」

「すみません、お茶に夢中で」

セラフィムさんいなくていいね。帰っていいよ。マリヤさん、私はびっくりしているね。私が美人?」

「ええ。じゅうぶん、美人でいらっしゃいます」

「じゃあ、司祭辞めてモデルになって、catwalkしましょうか」

「いえあの。私が思ってる美人というのは、私に勉強のチャンスとか、いろんな可能性とかを与えてくれる人のことです。A gateway to truth, goodness and beautyみたいな」

「おやまあ、これは。私、褒められた。ワシリイ、嬉しい」

「子どもじゃないんだから」

セラフィムさん、まだいたの」

「だから掌院、私、好きな人というのはいなくて、……あ……っと、今は男の人ではいないって意味ですけど……、代わりに憧れてる人が何人かいるんで、それでいいんです。掌院も憧れの人です、尊敬してます」

「それで僕は」

セラフィムさん、帰っていいよ。マリヤさん英語上手だから、通訳いらない」

「ぷぷぷ。セラフィムさん、私申し訳ないけど、セラフィムさんにお会いしたのは今回が初めてだから。何とも言えません。必要があればチロルチョコ100個でbribeしてください。楽しみにしてます」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もうそろそろの時分です-20

(9月中旬。聖書研究会の教室にて。)

 

セラフィムさん、あそこにいる人。彼女の名前はマリヤさんといいます……声をかけてみてください……〉

「はいマリヤさん、そこで寝ない」

「……すみません」

「……というわけで、私たちクリスチャンは皆、最後の審判の日のために、昼間も夜も緊張して目を覚ましていないとダメだね。だからもし、ワタシが今うとうとしていたら、皆さん『ワシリイ掌院、起きてください』って言ってください。今日はセラフィムさんが来て、通訳してくれたね。ありがとう、セラフィムさん」

「いえ、どういたしまして」

「では今夜の研究会はこれで終わりね。皆さん、雨が降っていますから、気をつけて帰ってください」

 

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「お疲れさまでした掌院」

「ああマリヤさん。すぐに帰らないで、ちょっとお話をしましょう」

「話?」

「僕もいていいですかね」

セラフィムさん。あなたいる理由ありますか」

「キッツい言い方だなあ」

「私キツくないよ。体は太ってて服がキツいけどね」

「とりあえずまあ僕暇なんで」

「ヒマン?セラフィムさん、あなたはヒマンなのですか?」

「違います暇なんです、ひ・ま」

「やることがないという意味です、ワシリイ掌院」

「あなたも随分とキツいことをおっしゃるねえ、マリヤさん。まあ、3人でお茶でも飲みながら話しましょうか。僕、電気ポットにお水入れてきます。おふたりとも、緑茶でOK?」

 

 

 

 

 

 

 

 

もうそろそろの時分です-19

「あなたが?トイレの棚にトイザらスで買った亀の置き物を6つも並べてるあなたが?」

「うん」

「食器棚開ければお皿やコップの代わりにチロルチョコキットカットがぎゅうぎゅう袋詰めで保管されてる、みたいなあなたが?」

「うん」

「畳んだアマゾンの段ボール箱を何枚も何枚も長いこと玄関に放置しておく、みたいなあなたが?」

「うん、まあ。それにしてもよくご存じで」

「ご存じってゆーか見ればわかるわよ、誰だって。それで何、そういう生活も、ぜーんぶ棄てちゃう諦めちゃうってこと?」

「正直、そこまでできるかはわかんない。ただし皮肉にも先立つものすらないんで、神学アカデミーの短期留学にも行かんかった」

「あなたいつもチロルチョコ買い占めてるからよ。……てのは冗談で、お金のことよりも、体のことがあるから行かなかったってことでしょう、そういうことにしておけばいいじゃない」

「まあ、より同情されやすい言い訳をするならば、そういうことになるね」

「ねえ。もうはっきり尋ねちゃうけど。私とのつき合いも、やめちゃうつもり?それで黙ってどっかへ行っちゃうつもり?」

「類」

「言っとくけど私イヤよ、そんなの。どこ行くつもりなの?」

「どこも行きやしないよ。何か特別なことをするってわけでもないし」

「じゅうぶん、特別なことを目指してるわよ、それ。特別過ぎる。私に会うためのドアだけは、開けておいてよ」

「うん。そこは心配せんといて。どこでもドアでどこか類の知らないとこへ勝手に行っちゃうってことはないからさ。これまでと何も変わんないよ、自分」

「もうすっかり変わっちゃったわよ、【私たち】は。さっきだって告っちゃったんだし。やだもう私何やってんだろ、恥ずかしい」

「恥ずかしさで死にやしないよ。打ち明けてくれて、ありがとう。それから、今後も迷惑かけそうなんで、あらかじめゴメン。さ、なんか食べよう。マックでも行く?」