月夜に狩る人、喘ぐ人。-16

リカコ、ハーバートがウエハースを片っ端から頬張るのを見て言う。 「あなただって何かしらの理由があってそうしてるんでしょ、」 「何をだ」 「その病的な大食い」 「俺は単に腹が満たされないからだ。みろ、この球体の腹を」 「お腹っていうか、あなたの全…

月夜に狩る人、喘ぐ人。-15

リカコ、お子様ランチセットを見つめ、さめざめと泣く。おまけのクマの人形がリカコに言う。 「オハナシノ・ツヅキヲ・キカセテ・クダサイ」 リカコ、紙ナプキンで鼻を拭い、お子様ランチのスパゲッティ・ナポリタンをフォークでつっつく。 「お婆ちゃん子だったのね、あた…

月夜に狩る人、喘ぐ人。-14

リカコ、お子様ランチのプレートに盛られたハンバーグに泣きながらナイフを入れる。おまけについてきたクマの人形がリカコを見つめている。 「あたし。助けられなかった」 リカコ、ハンバーグをさいの目に切り刻み、鼻をすすりながら半口分だけ口に運ぶ。 「…

月夜に狩る人、喘ぐ人。-13

「掻き集めなきゃ。なくなっちゃう。あたしがなくなっちゃう、」 リカコ、両手で顔を覆い、ハーバートの前で泣き続ける。ハーバート、決まり悪そうに頭を掻く。 「あたしがバラバラ。てんでバラバラ。いない。いないの。こんなんだからダメなのよ、あたしは…

月夜に狩る人、喘ぐ人。-12

「最低。よくも飲み物でうがいなんてできるね」 「ポリフェノール効果を狙ってのものだ」 「宇宙人のくせになんでポリフェノールなんてことまで知ってるの」 「平均的ルボール星人は皆おしなべて健康意識が高い」 「あなたを除いてね、ハービーさん」 「そう…

月夜に狩る人、喘ぐ人。-11

「正確にはね、脂肪だの香料だのってことが問題なんじゃないの。何グラム含まれてるかってことが大問題なの」 「同じことじゃねえか」 「全然違うわよ!いい?大事なのは数字よ、数字。いったいどういう数字によってあたしの身体内部が埋め尽くされていくか…

月夜に狩る人、喘ぐ人。-10

「スコアって。お前何のゲームだ、そりゃ」 「ゲームじゃないわ。あたしの人生、あたしそのものよ。あたし自身を欠けさせるわけにはいかないの。それからね、」 リカコ、目の前に置かれたグラスと皿をすべて数十センチ前方に押しやる。 「最低でも周囲20セン…

月夜に狩る人、喘ぐ人。-9

ハーバート、口を拭ったあとの紙ナプキンを床に放り投げ、椅子の上で短い両脚をばたつかせる。 「何言ってんだお前は?眉毛が何だって?南南西から北東だ?」 「北北東よ、」 「北東と北北東とでどんな違いが出るってんだよ」 「大問題よ!あたしのせ…」 「…

月夜に狩る人、喘ぐ人。-8

ハーバートの前にエスカルゴのワイン蒸しとチーズの盛り合わせが登場する。 「お、次のメシが来たじゃないか。俺の話ばかり聞いていないで、お前はまず食え」 「あたしのことならお構いなく。というかハービーさん、あなたこうして普通にあたしを相手にリー…

月夜に狩る人、喘ぐ人。-7

「あなたって本当に不届き者。何考えてるの。前科あるのに懲りもせず、次の犯罪にゴーサイン出すって、何なの?ちょっと考え直したら良くない?」 リカコ、グリーンピースをひとつ指でつまみ上げると、親指と人差し指のあいだで転がす。 「これこそが俺の原…

月夜に狩る人、喘ぐ人。-6

ハーバートが牡蠣の貝殻をぶちまける音を聞きつけ、ブリキのキリンが食堂に入場する。キリンは杖をつきキコキコと4つの車輪を回しながら、ハーバートのそばにやって来る。ルビー色の目でハーバートをしばし見つめたのち、キリンはハーバートに尻を向け、背中…

月夜に狩る人、喘ぐ人。-5

リカコ、グリーンピースを1粒1粒皿の上で移動させ、への字顔を描く。 「オジサン、怪しい。執行猶予って何があったの」 「入管法に引っかかった」 「入管法?オジサン、もとはどこの人?」 「オジサンオジサン言うなや。俺は元難民だ。ルボール星から来た」 …

月夜に狩る人、喘ぐ人。-4

ハーバートの叫び声とともに、牡蠣のオリーブ油漬けがテーブル上に現れる。 「俺は黒オリーブが嫌いなんだがな。まあいい、食って食ってすべて食い潰してやる。お前もしっかり食え、」 するとリカコ・ストライピーの眼前にグリーンピースの乗った皿が現れる…

月夜に狩る人、喘ぐ人。-3

「いったい何だアイツは、何様のつもりだ? 毎回毎回、俺の服装にケチつけやがって」 「ねえ。お皿の上でカチャカチャキコキコ鳴らすの、やめてもらえない?2メートル以上離れててもじゅうぶんうるさい」 「あー?だったら耳栓でも装置してろや。それに、何…

月夜に狩る人、喘ぐ人。-2

5月中旬。満月の夜11時。 ヨーロッパ風の古ぼけた屋敷の1階にある、がらんどうの食堂。 長さ250cmほどのテーブルの両端に、ハーバートとリカコ・ストライピーが着席している。 テーブル中央には、燭台に刺された丸太まがいのろうそくが1本あるのみ。 星条旗…

月夜に狩る人、喘ぐ人。-1

《登場人物》 宇宙人ハーバート (またの名をHerbert Gobbler教授) 体全体が球体。 頭から2本の触覚が出ており、その先端は丸い。 全身、灰色がかった水色をしている。 人間の年齢に換算して推定47歳。 リカコ・"ストライピー"・ジョーンズ (Rikako "Stri…

もうそろそろの時分です-72

(5月下旬。芽衣と類の自宅。類の部屋にて。) 「あーあーあー、だるいし痛いし吐き気するしーもうイヤッ」 「死にますか」 「死にはしませんけども、芽衣さん、そばにいてくだ……いや、てか、熱はないのでおしぼりは」 「いりませんか」 「いりませんし、し…

もうそろそろの時分です-71

(教会内の庭、キンモクセイの木の下のベンチにて。) 「はあ。さてと。造花は全部、この段ボール箱に詰めました」 「May、それとても大きいね、その段ボール箱。膝の上に置くとMayの顔全く見えないね。私は横に座っているから見えるけど。下に置いたほうが…

もうそろそろの時分です-70

(ワシリイ主教、我に返り、握った芽衣の右手を咄嗟に離す。) 「I'm sorry. ごめんなさい。私は…」 「いえ。大丈夫です。お気になさらず。それよりも主教さま、お誕生日おめでとうございます」 「May。ありがとう。覚えていてくれたんだね」 「忘れませんっ…

もうそろそろの時分です-69

(聖書研究会の教室にて。昼過ぎ。) 「これまでと何も変わりません。主教さまもずっと日本におられるでしょうから」 「May。私はどう答えて良いのかわからないね。私はそういうことを、全く予想していなかったのですから」 「はい。誰にも予想できなかった…

もうそろそろの時分です-68

「え。え。どゆこと?結婚って、え?」 「あたいと、類さんの、結婚でございます」 「だって芽衣、あなたは私と違ってそういう…」 「同性愛者であるという自覚や認識って、何なんやろか。【正しい】とされる同性愛者としての自覚や認識って、この世の誰が決…

もうそろそろの時分です-67

(芽衣、DVDプレーヤーを停止させ、ベッドに腰掛けて微笑む。) 「話ってどんなこと?何かあった?もしかして病気のこと?」 「うんにゃ。そっち方面は順調。漢方飲んで良くなってきちょる」 「なら良かった。で?」 「うん。この前、3人で泊まったやん?う…

もうそろそろの時分です-66

(芽衣の部屋。夜の9時過ぎ。) 「芽衣、入ってもいい?」 「うん。ええよ。どうぞ」 「お邪魔します。何観てるの?」 「ミスター・ビーン」 「なんでまた」 「主教さまからいただいた。でもなあ、20代で観たときと比べてなあ、イマイチなんだよなあ」 「そ…

もうそろそろの時分です-65

(芽衣、ワシリイ主教のあとを追う。) 「おやまあ、私はひとりでコンビニへ行けるよ、May」 「いえ。そうではなくって。みんなの前で、聖堂内でとんだ無礼を、」 「とんだ?Mayは空を飛んだのですか?」 「いや、その『とんだ』じゃなくてですね…」 「Monty…

もうそろそろの時分です-64

(普段、聖書研究会の行われる教室にて。芽衣、類、シスターのグレース、そしてワシリイ主教がテーブルを囲んでいる。頭を抱える芽衣。) 「ねえ。大丈夫だって。早とちりじゃなくって、本当に芽衣の思ったとおりだったんだから……」 「やらかしまちた……とほ…

もうそろそろの時分です-63

「あの。それで山下さん。あなたはここの信徒さんで……?」 「ああ、私?ううん。でもときどき聖書研究会には遊びに来てるよ。参考程度にね。ここの神父さまたちって、イケメンな人多いじゃない?」 「私、あんまりここのことは詳しく…」 「知らないか。そり…

もうそろそろの時分です-62

(5月3日。教会にて。) 「この教派の教会暦ではあさってが復活祭なのね?」 「うにゃ。そのとおり。よくお勉強しとるね類くん」 「それもあるけど、この前からあなたがずっと毎日毎日言ってるからよ、キルケさんとショーンさんの誕生日だ誕生日だあって。そ…

もうそろそろの時分です-61

(礼拝からおよそ1週間後。芽衣と類の家の前。) 「えっ。おひとりで来られたんですか?」 「うん。私、来ちゃったね」 「先日、駅から一緒に歩いたけど。よく迷わずおひとりで」 「私、記憶力いいもの」 「まあ私はアホですけど……」 「そうね。Mayはちょっ…

もうそろそろの時分です-60

(礼拝の10分ほど前。大聖堂内にて。) 「あなたMaryのお友達?以前、緊急連絡させてもらった人かしら?」 「ああ、はい、そうです。その節は」 「えっと、確かルイさん?」 「そうです類です。芽衣がいつもお世話になっております」 「何だか保護者の方みた…

もうそろそろの時分です-59

(教会の敷地内にて。類がひとりベンチに腰かけている。ワシリイ主教、類を見て声をかける。) 「ルイ、今日はひとりで来ましたか?」 「あっ、主教さま。こんばんはー」 「Call me Sean,」 「わお、私にも言った」 「Pardon?」 「何でもないでーす。あ、芽…