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『はい次の人。名前は?』 『Martin Fran Reynolds』 『生年月日は?』 『教えない』 『ここは入国審査場ですよ、ムシュー』 『1854年6月16日』 『うちのかみさんと同じ日付じゃんか。で、黒馬車に乗った理由は?』 『落馬した』 『ずいぶんと馬とご縁がある…

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お前みたいな奴がずるい、だって? そんなこと言われてもな、事実上、自動的に全員がここに来る仕組みになっとるだろうが。税務官だろうと、八百屋のじじいだろうと、乳歯1本お持ちでない餅肌の赤ん坊だろうと、それこそ今お前の目の前にいるであろう入国審…

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永住許可証交付申請書(様式A-8) ※あなたの現在の状況について、ありのままを記入してください。 ※不明な点は未記入のままでかまいません。 ※10歳以下の子どもの場合、22歳以上の成人による代筆が可能です。 ※その他やむを得ない事由により本人が記入できな…

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スキャルケイル市内。馬車駅の前に、レイチェルはひとり立っている。19世紀ももうすぐ終わりに差しかかり、このスキャルケイル市内だけでなくビレホウル王国全体に、いくつかの鉄道路線が開通しつつある。この馬車駅から歩いて7、8分南へ行ったところにも…

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『箱、外で開けてきたよ。大丈夫、何も怪しい物は入ってない』 17、18歳の使用人見習いの青年が、小箱と包み紙、シルクのリボンを手に、台所へやって来る。 『良かったじゃないの。もうすぐ旦那さまの書斎から戻ってくるはずだから、渡してあげて』 木椅子に…

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図書館司書の職を得てひとり暮らしを始めたマリオンが、深夜、酔って帰宅する。 (どうやらーーー意中の同僚の女の子に見事振られたらしい。愚痴を言える男友達がいて、パブで酔っ払えるだけ、ましなのかもしれない。) マリオンは鍵を玄関脇の机の上に放り…

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慣れもしないことをするんじゃなかった。慣れどころか、人生初じゃないの。お酒だって苦手なくせに。バカみたい。50手前で、あんなふうに人様から火をもらって、こんなふうに慣れない手つきで煙草なんか吸って、喉がカッサカサじゃないの。 ああやだ。お冷や…

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「ねえ、どうせなら玉座を用意してくれても良かったのに」 マーティン・レイノルズ教授は灰色のソファの上に身を横たえたまま、大あくびをする。胸の上に乗っている、まだ熟しきれていない梨に指で触れると、ゴツゴツガサガサとしていて何となく気分が悪い。…

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《あたし、一生恨み続けるの。人間が、あたしの妹をあたしから引き離したことを。》 《あたしのこと、舐めないでちょうだいね。ほら、あと数十メートルも行けば、冷えっ冷えの湖じゃないーーー》 スキャルケイル西方にある郊外の田舎町、ノーヤウ。その西県…

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『水溜まりを避けて行ってくれよ、ヴィンセント』 レイチェルの父親、ヨハンネス・ニールセンは馬の脇腹に右手をあてながら、御者に指示を出す。6月中旬の日曜日、午前11時45分。前日、前々日の大雨と嵐から一転、澄み切ってまぶしいほどの快晴。北風は昨夜…

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いっつも思うんだよなあ。綿か何かを詰めて手袋すれば、わからないんじゃないかって。ダメか。動きが不自然だろうし。そもそも『ない』んだから、動くわけがないんだし。 でも何も詰めないものだから、いつも小指の先だけがぴろぴろしてる。それでお客様には…

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『あなたってあのお店でも妖魔って呼ばれてるのね、』 レイチェルはカラカラ笑いながら、隣を歩くマーティン・レイノルズに言う。ふたりはスキャルケイル市内のとある古書店を出たばかりである。 『ただあのお店の人も、失礼だけど古本屋の店主にしては随分…

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『えっ。あれ。なんで?紙入れがない!』 マリオン・レンは慌てふためいてジャケットのあちこちに手を触れるが、紙入れとおぼしき物はどこにもない。ズボンのポケットを裏返してみても、見つからない。カバンのなかを掻き分けてみても、飴の包み紙こそ出てく…

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4月初旬のとある夕方。激しい雷雨。雨合羽姿のひとりの女性がアパートの階段をゆっくりと昇っていく。2階の最も奥の部屋、6号室にたどり着くと、女性は鉄製のドアノッカーをコンコンコンと軽く鳴らす。外からは雷鳴と風の音が入ってくるが、ノックの音が…

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『せっかく仕立ててもらったのに、着ていく所がないんだからねえ』 マホガニーのスツールに前かがみに腰かけ、熱い珈琲をすすりながら、マーティン・フラン・レイノルズ教授は農夫のセルゲイと仕立屋のパトリック相手にぼやく。開け放った部屋の白い格子窓か…

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聖母マリアの黄金の花、黄金の花、黄金の花。 僕は山高帽を深くかぶり、1本、1本、茎から摘む。 空は広く、流れてゆくちぎれ雲は10月の白さを保っている。 草むらと空とに挟まれた僕は、なんとなく押しつけられて息苦しい。 太陽は強がらず意地悪もしない…

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日曜礼拝の朝。8時43分。21歳のレイチェル・ニールセンは教会の入口横の受付で、60代前半のシスターと話をしている。 『…そうなの、次の演習で【城の3つの喜劇】を歌うのだけど、シュタイエ城のイメージが浮かばなくて。それと劇中にちょっと出てくる教会…

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『Ikkę crię, mousier! 泣かんといてくださいな、旦那!』 『Sommetidles skaj dù crię, Sergei, 時には泣かんといかんときもあるのだよ、セルゲイ』 セルゲイは庭仕事の手を止めて、噴水脇の大理石のベンチに横たわるレイノルズ教授に目をやる。涙がつーっ…

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「お義父さん、今、何と?」 マーティン・レイノルズの背中の筋肉がビキッとひきつる。硬いマホガニーの椅子に腰掛けたまま、動けない。 「ジュゼッペ。封蝋が欠け始めているから、作り直させなさいーーー今、私が言ったとおりだよ、レイノルズくん」 ヨハン…

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生まれた時代が悪かったのか それとも、私たちふたりと世界とのたった一度のタイミングが、あまりに悪かったのでしょうか 私は今も、あの日のあなたの漆黒の髪と後ろ姿を思い出します そう、王立図書館の入り口脇の花壇、 うららかな春の陽射しを受けて 沢山…

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応接間のカーテンを開け放つと、マリオンはテーブルの上の金魚鉢へと歩み寄り、ぎょろ目で中の金魚数匹を眺める。 『ねえ母さん、』 マリオンは金魚にパン屑をやりながら、そばで書棚の整理をしている母・レイチェルに声をかける。 『ちょっと、前から聞きた…

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マーティン・レイノルズは白い部屋の真ん中に置かれた、水晶のテーブルの前に座る。同じく水晶でできた椅子を引き、軽く姿勢を整えると、テーブルナプキンを膝の上に広げる。 ドアがキキキュイイと小さく鳴き、農夫のセルゲイが食事を持って入ってくる。セル…

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僕は教授、きみの教授。 僕はきみのマーティン・レイノルズだ。 さあさあ、こっちへおいで、 中にお入り。 ここは夜の洞窟、 僕の中へお入り。 おや、髪の毛が濡れているね。 外はまだ雨かい? ん? 指輪? ああ、よく気づいたね、嬉しいよ。 良かったらきみ…

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《ホップ、ステップ、小ジャンプ…。》 マーティン・レイノルズは心のなかでつぶやきながら、池の飛び石を渡っていく。スキャルケイルから馬車で西へ小一時間、ダナゴーという郊外の町に、その小さな日本庭園はある。 『ほら、ついておいで。ホップ、ステップ…

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地下の一室。農夫のセルゲイはマーティン・レイノルズ教授から没収した翡翠の指輪を、双子の鑑定士のマルゲリータとエリザベートに見せる。マルゲリータは鑑定台の引き出しからロウソク1本を取り出すと、それに暖炉の火をつけて、鑑定台の上の燭台に差す。…

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『外、まだ雨降ってる?』 マリオンは濡れそぼった靴下を暖炉の前で振り回しながら、妹のアイリスにたずねる。ビレホウルは雨の多い国で、特に秋冬は突然土砂降りに見舞われることがしょっちゅうである。 アイリスはアップライトピアノの椅子に腰かけたまま…

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マーティン・レイノルズ教授は真っ白でだだっ広い部屋にひとりいる。白過ぎるために、普通の四角い部屋と呼んでよいのかわからない。天井も恐らくあるのだろう。けれどもやはり白過ぎるのとあまりに高過ぎるのとで、丸天井なのか遠く円錐形に伸びているのか…

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僕と教授がふたりして森へ出かけ、やれ昆虫採集だの野鳥観察だのをしている。 「博士、これで手を洗ってください」 僕はレイノルズ教授の手が土埃で汚れているのを見て、水筒を差し出す。 「ああ、悪いね、ありがとうマリオ君」 「マリオンです、マリオン」 …

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19世紀末、ビレホウル王国。首都スキャルケイル。 スキャルケイル王立大学の3年生、マリオン・レンは書店から通りに飛び出し、一心不乱に両腕を振り、叫ぶ。 「教授!レイノルズ教授!誰かあの馬車止めて。レイノルズ博士!」 馬車が止まり、レイノルズ教授…