デンマーク流『ゆるゆる全体主義?』

デンマーク語を学んでいてつくづく思う。

デンマークという国は、個々人の幸せを追求するという点においては、非常に『全体主義的』な国なのだな、と。この矛盾こそがデンマークなのかな、と。

 

デンマークは平等主義を良しとするお国柄である。そして、平等主義を強く押し出す『場所』では、個人主義は成長しにくい。

 

私のように日本で生まれ日本で育った人間からすれば、北欧の人々というのは、一見、非常に個性が強く、教育制度においても個性尊重が重視され保証されているように見える。

 

ただ問題なのは、この、『保証されている』ということ。

既に確約済みのものだから、それを獲得するための『革命』を起こす必要がない。維持するための革命はその都度必要だろうけども。

つまり。

上から与えられたそこそこの個人主義、上から与えられたそこそこの自由、上から与えられたそこそこの平等主義なのだ。

市民、国民が流血の惨事を起こしてまでしてゲットする必要がない。大規模デモとか催涙弾とか火炎瓶の出番など、ほぼ皆無なのである。

 

加えて、デンマークではそこそこの高福祉が保持されているので、不満分子が出現しにくいのだと思われる(そこそこの高福祉と言っても、日本人から見たら驚愕の有り様なのですがね…)。

 

漠然とした印象に過ぎないけれど、デンマークという国には、

『そこそこの自由と平等と幸福を求めていきましょう』

というスローガンのもと、個々人が個々人であるにも関わらず、全員1列に並んで同じひとつの目標に向かっているというイメージがある。

突出した個人が現れて反旗を翻し、理想に向かって反抗期の少年少女然として熱く猪突猛進する、というイメージの似合わない国なのである。だから『みんなでほっこりhygge』とかしちゃうのかしらね…。

 

デンマーク語の表現をぼんやり眺めていると、この『ユルい全体主義』的なものを感じることは多い。命令形ひとつとっても、例えばドイツ語にありがちな『~しなければならない』『~するのが当然である』という拘束感は弱い。どちらかというと、『皆で~しましょう』という、英語でいえばLet'sの感覚に近い気がする。少なくとも、『オマエ、こうしろ!これはするな!』という圧力は感じにくい。

 

やはり、高福祉によってある程度の生活水準を確約された環境にいると、怒ったり高圧的になる必要がなくなるのか…良い意味では非常にリラックスした、まったり感の強い国民性なのだろうし、悪く言えば反抗心がなく飼い馴らされているだけの横並び社会、なのかもしれない。


《追記》

したがってデンマークというのは、イギリスのようにパンクロックが生まれるような土壌ではない…という気もするなあ。