なぜゆえキェルケゴール、なぜゆえデンマーク語

自分にはさっぱりわからないことがある。

なぜ私はキェルケゴールを読み始めたのか。そして、なぜデンマーク語を学び始めたのか。

これについてはこの1年間ずっと独りで『モケモケモサモサと』考えていた。つまりはまあ、上滑りにしか考えていなかったということなのだが。

時間的に考えると、私はキェルケゴールに出会う1年前に既に洗礼を受けていたから、キェルケゴールに感化されてクリスチャンになったわけではない。私には私なりののっぴきならぬ事情があってのことであった。

キリスト教実存思想というのも、啓蒙式を無事に済ませて一段落したのちに興味を持っただけのことであり、お勉強の一環でしかなかった(※ちなみに啓蒙式とは、正教会における洗礼式のこと)。

だから私としては決して、『何がなんでもやってやろう』的にキェルケゴールに近づいたわけではなかった。それどころか『あらこの人イケメンじゃない』程度の、サラッとした薄っぺらな興味しか抱いていなかったように思う。

何しろ私は高校倫理の授業などスルーした人間である。私は妙に合理的なところがあって、大学入試に必要のない(と勝手に見做した)科目については、初めから存在しないかのようにスパスパ切っていくタイプの生徒であった。
だから当然、高校時代にキェルケゴールだのニーチェだのに『関わる』ことはあり得なかった。ガリ勉ちゃんでいれば、それで良かった。

興味の持てないことは一切やらないという私の性格上、キェルケゴールという名を初めて知ったのは、25歳も過ぎてからである。それも、好きなロックバンドのメンバーが彼の言葉を引用したから何となーく気にかけるようになったという、何ともレベルの低い有り体。

ただ、思うのだ。
40代前半という、この歳になって出会ったことにこそ、意味があるのではないかと。
これまでの数十年間は、この出会いのための準備期間であったのではないかと。
そしてこれらの『時の仕事』というのは、結局のところ、神さまがすべてご用意なさってくれるものなのではないか、と。

私は34歳のときに大病を患った。精神科の薬害である。
34歳と言えば、キェルケゴールのお父っつぁんが彼に言った言葉『息子よ、お前はイエスさまより長生きできないだろう』を想起させる、何とも怪しい数字である。

私はその34という歳を超えた。そして42歳というキェルケゴールの没年を超えた。超えて、何か真新しいこと・何となく自分が楽になれそうなことを始めようとしている。

そんなこともあって、これってやっぱり天命なのかなと、思うようになった。

デンマーク語にしたってそうである。当初はアルファベットと挨拶程度でいいと思っていた。
実際には今の私は、アルファベットも挨拶文も満足に覚えていないくせに、キェルケゴールの文章をそのままデンマーク語でちょびちょび読み進めている。

ぶっちゃけ私にはもう、デンマーク語しかり英語しかり、資格試験で高得点を取るとか、流暢にそつなく優雅に(?)話せるかなんてことは、どうだっていい。

私はもう、ただただ、セーレンの言葉に触れ、セーレンの文章を愛で、溜め息をつかせていただくだけで、じゅうぶん過ぎるほどに満たされる。それくらい、私にはセーレンが愛おしい。

(※セーレンはキェルケゴールファーストネーム。綴りはSøren。サーンと記載するのがより原音に近いとは思う。)

私のように、出会いや出合いについて理由や原因を探るのは、きっと無粋なことなのだろう。なぜ?これって謎過ぎるぞ?と思い続けるよりも、純真無垢に受け入れて、流れに身を任せたほうが良いときもあるのだろう、それが人生なのだと。



En kortfilm om Søren Kierkegaard.