存在を現すことが、存在

今年の9月あたりから、私は教会へ通うのをやめた。病気について、心ないことを言われたためである。端的に言うと、『そのような病気になったのはあなたの頑張りが足りないからだ』ということである。私はこういう、医学情報に全く拠らない単なる根性論・精神論は退けることにしている。そして、そのような発言をする人間がいる場所にも、近づかないことに決めた。由緒ある教会なのに、たったひとりの方の発言によって私の持つ印象が著しく悪いものとなったのは、残念なことである。

 

教会の代わりに、河川敷や海へ行きたい。行かなきゃなあと思う。私は洗礼を受ける15年ほど前から、そのような場所へひとり赴いては、神に話しかけていたように思う(そのときは、そのような意識はなかったかもしれない)。ただまあね、年末で北風ぴーぷーで寒いのでね、今は行かないことにしています(笑)。

 

どうして『行かなきゃなあ』と思うかというと、…いや、この気持ちは決して強要されてのものではなくて、不定期に心の内から湧き上がってくる性質のものなのだけど、やはり神との関係性というのは、人間が意識して築き上げていかなければダメなのかなと思うからだ。

 

Existという英単語がある。ラテン語起源で、【続けて外に立つ】というのがおおもとの意味である。

これはあくまでも私の勝手な解釈なので、適当にうっちゃっていただいて構わないのだが、exと-istに分けて考えると、なるほどなあと感じ入るところがあるー存在というのは、二重構造であってこそ存在なのかもな、と。

 

つまり、人やモノが存在するためには、まず-istイコールbeという第一の存在状態がなければならない。

ただしこの第一状態でとどまっていては、これは単なる静的な存在状態でしかない。ただヒトとしてこの世に産み落とされました、ただここにぽつねんと座っています、的な在り方だと言えよう。わかりやすく言えばひきこもってばかりで己の存在をアピールしないということである。

 

それでは第二の存在状態とは何かと言うと、この第一存在状態にex、つまり【外へ押し出す、外へ向かう】という活動・能動的行為が伴った状態なのであろうと、私は独断的・主観的に理解している。これをものすごーく卑近な例で表現するならば、  

『ぼっちが嫌なら彼氏・彼女が欲しいなら、合コンなり婚活なりしてテメエを世間様にアピールしてこいやワレ』

…ということなのであろう。個人的には、その手のアピール方法には全くそそられませぬがね…。

 

ま、通常の人間関係においては、存在をアピールすることによって互いが存在するこのような状態のことを、コミュニケーションと言うのかなとは思う。そして寂しいことに、SNSやブログなどでアピールしなければ、個人も企業も存在しないも同然と見做されるのが現代社会だろうと思っている。beだけではアンタの命を認めないよ、的な危険を孕んでいる。それが今のこの世。

 

私はそうしたこの世的なアピール方法で存在することには興味が失せてしまった。ただ神との関わりにおいては、どんなに未熟で過ちだらけのやり方であれ、意識的に己をアピールしていかなければならないかなと考えている。

 

そしてそれは、決して目立ったやり方ではない。これ見よがしに特定の方法で信仰ぶりを熱烈にアピールするとか、良い子・善人ぶって振る舞うとか、そういう願かけ的なものであってはならない。

 

キェルケゴールの『死に至る病』にも記されているとおり、私のようなクリスチャンというのは、

【神の御前の現】=【在】

である。神あっての人間であり、神の御前に己の姿を現すことで初めて、在ることが可能になる。

 

(※だからキェルケゴールの言う絶望=罪というのは、神によって創られ神の御前に立つありのままの自己を自分で受容しようしない、ということなのであろう。神によってのみ支えられる己の存在を自ら全否定するということは、こりゃ確かに罪である。)

 

神との関わりがあってこその自分、自分の命。神に向かってこその、私という独りの人間の人生。そこに真摯に向き合い、感謝し、一進一退だらけのやりきれぬこの世で傷つき、生き、永遠を希求する。それがクリスチャンなのだろうな、と日々反省するばかりである。

 

ただ私みたいな平信徒にしてみたら、もうちょっと神さまにも、ご自身をアピールしていただけたらと願いたくなる。

だから私にとってGod exists.というこの短い1文は、単に神がいるかいないかを問う文章ではない。それでは『あなたは雪男を目撃したか否か』の次元に過ぎない。

そうではなくてーこれはすべてのクリスチャンが願うことのはずなのだがー神つまりイイスス・ハリストスの復活と再臨、再びの【出現、外に立つ】を望むということなのである。

 

…だから私も少しは頑張って河川敷やら海浜公園へ行ったほうがよろしいのかもしれませんが、やっぱり寒いので、しばらくの間は遠慮させていただきます(笑。結局、これが言いたかった!)。