削って戻る

子どもの頃に戻ろうと思う。

 

といっても、当時と今とでは趣味も健康状態も何もかもが違う。

 

虐待といじめの後遺症、それから医療・福祉による新たな虐待によって、解離性同一性障害にもなってしまった。

 

実名を捨てて通称で日常生活を送ってもいる。

 

だから、100%本来の自分に戻るということは、もうできない。

 

それでも、例えば自分には不必要だった無理な人間関係とか、自分に対する無理強い的な努力とか向上心とか、言ってみれば

【ぶっちゃけマジクソ無駄だった不本意な後付け】

を、捨てることはできる。

 

SNSでもリアルな場面でも、関わりたい人たちとしか関わらない。

 

言葉を交わし続けてもしっくりこない相手とは、もうそれ以上関わらない。全然こちらの言うことが伝わってないなという人は、確かに存在する。それはそれで、いい。静かに放り投げる。

 

無理に知り合いだの友人だの恋人だのを『作って』、いったい何になるのだろう。

 

この35、6年。

毒母の心理的虐待によって、何もかもが『自分に対する無理強い』だった。雑な言い方で放り投げるとすれば、もう、こんなん、『やってられなかった』。

 

何の役にも立たないこと、自分を傷つけるだけの人や物事は、削る。

 

削って削って削り通して、通称のまま少しだけ本来の自分に近づけるように。

 

その『本来のありのままの自分に近づく』ということが、結局は『神の肖と像に近づく』ってことなのかな、と思ったりもする。

 

前向きな意味でのback to square oneだな。