答えが出るまでは

キェルケゴールの作品を読んでいて、ふと

『祈りって何だろう?』

と疑問に思った。

 

ちょっとこれ、カリストス・ウェアの講話をYouTubeで聞き直したりして、自分なりの答えを出せたら良いなと思う。

 

『それはね、神学辞典の何ページ何行に書いてありますよ』と言ってくる人もいるかもしれない。

 

いえ。

私が求めているのは、そういう教科書対応ではなくて。

 

キェルケゴールの講話と聖書を行ったり来たりしながら感じる。私はやっぱり、魂になりたいんだと。こうしてこの世で、神さまによって生かされている今の今から、魂になることを目指しているんだと。

 

祈りなさいと指示を受けたから祈る、ではない。ましてや、クリスチャンだから祈るのが当然、ということでもない。

 

今の私には答えは出ない、出せない。

ただ何となく、おぼろげながらも感じるのは、祈ることで神さまとのつながりが見えてくるということ。神さま、それから神さまによって創られたこの自然・宇宙とのつながりが少しずつ増していって、自分の芯が『根源的なもの』に近づいていく手ごたえがある。

 

この、根源的なものに『近づく』というのは、『自分の始まりに戻る、人類の最重要基本に立ち返る』というのと同義なのかもしれない。ちょっとまだ、自分の言葉で自分の心にうまく落とし込めていないのだけど、答えが出るのも時間の問題かなとも思って、楽観視するようにはしている。

 

とりあえず答えが出るまでは、自分の心で感じ考え続けてみたい。その都度神さまに助けていただきながら。こうしたことってふとしたきっかけで感じ取れると思うから、神さまに対し自然に対し、心の間口は広げておこうと思う。