自己取り扱い説明書!

a. クリスチャンでも絶望は何度でもしたほうが良い。絶望しきったところに神さまの最も大きな招きがあって、祝福の方角へとポーンと跳ね返していただけるような気がするのだ。

 

b. ただし、招きがあったときにどう応えるかは、自由意志に委ねられていると思う。

 

c. 基本的に、自分はこの世では幸せになれない。そういう種類の人間。

 

d. それでも嬉しいことがある。神さまが創造されたこの壮大な体系のなかに、自分を組み込んでいただけたこと。神さまとのつながりを感じられるようになってきたこと。これは、とってもとっても、嬉しいこと。

 

e. この世の人々が言う『かけがえのない命』というのは、嘘。この世ではかけがえなんて、幾らでもある。

 

f. けれども神さまは私のことを、かけがえのない存在として創造してくださった。この世ではゴキブリ以下かもしれないし、それに相応するような扱いを受けてきた。身体的暴力、心理的暴力の両方。けれどそれはあくまでもこの世でのこと。

 

g. 私はそういった暴力を受け続けて生きてきたのだから、だったらもうこの世なんて相手にしなくたって良いのだ。

 

h. 実際、神さまとのつながりを感じるときは、今までに体験したことのないような安らぎを感じる。だったらそれが自分にとってベストな『行き場=生き場』だということを、素直に認めてしまえば良い。そして、神さまによって自分に割り当てられた【自分】を生きれば良い。

 

i. 論理的思考や科学的な実験・根拠に基づかないこととつながりを持てるというのは、私の最大の強みだと思った。人間の言う『AはBである』というのは、所詮人間の脳域を超えない。そこで止まっていたら自分はダメになる。体系を科学的・論理的に【理解する】ことと、体系を【生きる、感じる、味わう】ことは違う。

 

j. 神さまのこしらえた天蓋の下での主体性ある人間であれ。傲慢になるな。自然を蔑むな。