いじめ・虐待後遺症としてのXジェンダー

会員制Xジェンダーコミュニティサイトに登録しようかと思案中である。

 

私は幼い頃から、女の子らしい可愛い服装が嫌いだった。

七五三(7歳のとき)はキモノではなくブレザーがいいとあんなに主張したのに、結局キモノで体を締めつけられた。口を突き出し完全にふてくされた顔で写真撮影に臨んだのを、なんとなく記憶している。

 

(※私には7歳から8歳にかけての1年しか、子どもとしての楽しかった記憶がない。それ以前のことはそれほど記憶すべき時代ではなかったし、それ以降はいじめ・虐待によってほとんど何ひとつ純粋に楽しい思い出がない。)

 

自分の体の成長に心がついていかなくなったのは、9歳の頃だったと思う。自分が女の子として生まれたこと、社会的・文化的に女性となることを周囲から期待されることに、何とも言えない恥ずかしさと【みっともなさ】を感じた。

 

それでも、いじめと虐待がなければ、自分を優しく見守る大人がいてくれたら、その【みっともなさ】を解消することはできたかもしれない。それができなかった、手助けしてくれる大人がひとりもいなかったというのが、悲劇だったと思う。

 

心を巣くうのは、【みっともなさ】だけではなかった。

いじめと虐待体験を通して、男女どちらの性にも属してたまるかという【怒りと憎しみと恨み】が、私の女性性否定に拍車をかけた。

 

いじめを受ける前は、男女分け隔てなく、楽しく遊ぶのが好きだった。正直に言うと当時は、女の子よりも男の子のほうが文化的・社会的に楽かもしれない、それならば自分は

男の子になりたいと思っていた。もっと言ってしまうと、『オカマ』だなんていう差別用語が大嫌いで、性別分け隔てなく仲良くしたかった。

 

対人関係というのは恐ろしい。それひとつで良い影響も悪い影響も与えることができる。

私には悪影響ばかりだった。

自分に素直に向き合えなくなるような、歪みっぱなしの人生になってしまった。

 

Xジェンダー寄りであることが自分にとって【悪影響】だとは思いたくない。けれどそれによって、成人後も別種のいじめと差別を受けてきたのも事実だ。服装が女性らしくないとか、本当にくだらない理由で、男から身体的暴力を受けたこともあった。

 

加えて解離性同一性障害によって、異なる次元で性別変化が起きてしまったのも、また事実。

 

こうしてわたくしはほぼXジェンダーになりましたとさ…という、この自分のあり方というものが、自分自身の内的要因が4割・外的要因が6割くらいでできているであろうと考えると、

 

『マジで私、自分が何なのかわかんない』

 

と絶望してしまう。死ぬまで、いや、天国へ行っても、ずっとこんな感じ方をしなければならないのか。

 

だからと言ってはこじつけかもしれないが、形だけでもXジェンダーのコミュニティを試験的に訪問してみるのもいいんじゃないかと、ぼんやり考えているわけである。実際、どうするかはわからない。ただそのようなコミュニティがあるのだと理解しておくだけでも、自分には心理的に効果があるかもしれない。ものは試し、くらいに思って飛び込んでみるのも悪くはなかろう…。

(※Xジェンダー当事者以外の方々も参加できる有料会員制コミュニティなので、教育目的・自己啓発目的にも役立つとは思う。)