わずかな思い

この世、この社会とは何であるかを問うことーーそのために分析し、論争を起こし、他者と敵対して我こそは我の答えこそは正しいと主張すること。

 

そういうものは、いらない。

 

歴史において、愛を求め続けた、そして今でも求め続ける人間がいるということ。もうそれだけで良いと私は思っている。余計な説明など、付け加える必要はない。

 

へりくだりというのは自己卑下ではない。

一歩下がる、引くということだと思う。

 

そのようにしてこの世の人間ひとりひとりが互いに対してへりくだっていれば、戦争などという無駄に大きいだけの虚しい喧嘩はしなくて済んだ。

 

教会の礼拝でもきっとそうだと思うけれど、沈黙というのは人間にとってとても大切だと思う。たとえそれがキリスト教という文脈で語られなくとも、沈黙によって内面に向かうことは、誰にとっても意義のあることだと私は思う。

 

外へ牙を向けたくなったとき、唾を吐きかけたくなったとき、沈黙して自分の内面に自分を引き戻したい。決してだんまりを決め込むとかむっつりしているとかではなくて、自分のために沈黙をしたい。それを自由に行えるような人間になりたいと思う。