地下の一室。農夫のセルゲイはマーティン・レイノルズ教授から没収した翡翠の指輪を、双子の鑑定士のマルゲリータとエリザベートに見せる。マルゲリータは鑑定台の引き出しからロウソク1本を取り出すと、それに暖炉の火をつけて、鑑定台の上の燭台に差す。エリザベートは金縁のメガネを外し、虫眼鏡を右手に持つ。
『どんな男なんだい、その教授やら博士やらという人は。地上で言う色男ってやつかい?』
マルゲリータは鑑定台に両肘をついて、興味津々な様子でセルゲイに聞く。セルゲイは煙草をふかし、笑う。
『婆さん、その年で色男が気になるのかい』
『夢を捨てたら男も女もおしまいじゃないのさ』
『まあ、そうさな。婆さんを20歳若返らせるには適任の男前野郎かもしれんな』
セルゲイは吸いかけの煙草を床に捨て、足で火をもみ消す。すると指輪を鑑定中のエリザベートが舌打ちをしてセルゲイを睨みつける。
『ちょっとあんた、あとでホウキで片づけといてよ、いいね?』
『はいはいわかりました、いつものことじゃないですか。それはそうと、指輪はどうだい』
『回数券3枚ってとこかね。あっちの世界とこっちとでは、翡翠の相場は違うんだよ。骨董品としての値打ちはそこそこなんだけどね。じゃ姉さん、3枚発行して』
『あいよ』
マルゲリータは鑑定台のもうひとつの引き出しから、表紙に【天空の願い券】と書かれた紙束を出し、券を3枚分切り取る。そして朱色のスタンプをポン、ポン、ポンとリズミカルに押す。
『その教授博士はどこの出身なんだい?』
マルゲリータはセルゲイに券を手渡すと、ロウソクの火を手で消す。
『ビレホウル王国のスキャルケイルらしいぜ』
『スキャルケイル!あーら奇遇』
マルゲリータとエリザベートは声を揃えて笑う。その笑いには侮蔑の感情が込められている。
『スキャルケイルは1737年に自治革命があっただろ、三日月革命が。あのときにあたしらのじいちゃんは殺されたんだよ、国と維持派の連合軍の前に引きずり出されてね。自治推進派のナンバー2だったからさ、革命前から目をつけられてたみたいね』
エリザベートは吐き捨てるようにそう言うと、鑑定台に寄りかかって再び冷ややかに笑う。
『まあ、だからと言ってその教授さんとやらにはなーんの罪もないんだけどね。ただどうしても思い出しちまうものなんだよ、スキャルケイルって聞くとさ。ま、よろしく言っといてよ、その旦那に』
『気が向いたらそうするさ。さてそれじゃ、わしはこれから台所へ旦那の夕飯を取りに行かんとならん』
セルゲイは3枚の回数券を懐に入れて出口へ向かう。