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《ホップ、ステップ、小ジャンプ…。》

 

マーティン・レイノルズは心のなかでつぶやきながら、池の飛び石を渡っていく。スキャルケイルから馬車で西へ小一時間、ダナゴーという郊外の町に、その小さな日本庭園はある。

 

『ほら、ついておいで。ホップ、ステップ、小ジャンプだ』

マーティンは振り向き、1.5メートルほど後ろで指をくわえて飛び石の上に突っ立っている男の子に声をかける。見たところ、まだ4つか5つの幼い子である。

 

『僕、棒飴が食べたい』

男の子は半ズボンでむき出しの膝小僧をぽりぽり掻きながら、軽く駄々をこねる。マーティンは笑ってその手を伸ばす。

 

『この池を渡れば売店へ行けるよ。ほら、浅いから落ちたって靴がちょっと濡れる程度さ』

 

男の子はマーティンの手を取って、おずおずと飛び石を渡る。池の周りを囲むススキと葦が、風でかさかさ、さわさわと音を立てる。ここビレホウル王国では、9月は1年で最も過ごしやすい季節であり、学校遠足や野外ミュージカル、オペラなどが盛んに催される。マーティンは今年、夏期休暇をひと月ずらせて取ったので、10月初旬ぎりぎりまで大学講師の仕事は入っていない。それでたまには息子と外で遊ぼうと、ここダナゴーに来たのだった。ダナゴーにはこの日本庭園だけでなく、小さいけれど見応えのある美術館や民族博物館が多数ある。この町唯一の図書館は、新しくできたばかりの鉄道駅の目の前にあり、館内には居心地の良いレストランもある。大学での仕事がなければ別にダナゴーで暮らしてもいいんじゃないかと、マーティンはときどき考えることがある。首都・スキャルケイルでの暮らしは少しせわしなさすぎる。

 

『僕、売店行く。飴食べたい…あっ!』

風でマーティンのコートの裾がはためき、男の子の顔に当たる。男の子は不意をつかれ、よろめき、片足を滑らせるーーボチャン!

 

『マリオン!』

マーティンは大声で笑い、自分も池に入り、息子を抱き寄せて額にキスをする。

『来週は平均台の上で練習だな、君は本当に運動音痴だ』