道。

決まったな、と思うことがある。

 

頑張ったから、という言い方では語弊があるとは思う。

自分にとって頑張るというのは、あくまでもネチネチウダウダと(?!)内省を繰り返すことであって、世間一般的な

『明るく元気に、前向きに生きる』

ということではないから。

 

でも、自分はそんな自分なりの生き方・頑張り方によって、まあ大体25年かけて到達できたと思うのよね。

 

道。

自分の道。

 

何度コケてもいいと思った。今この瞬間にめげて泣いたっていいと思う。なぜならこれは、つまずいてこその道だから。

 

キリスト教に『お近づきに』なれたこと。

そして、絶望の淵に何度も何度も立たされて自殺を考えていたときに、キェルケゴールというとんでもなく愛すべき奇人・変人、巨人に出会えたこと。

 

これほど、自分ほど強運な人間というのもなかなかいないのではないかと。

 

だから、感謝している。キェルケゴールに、信仰に。

両者が存在していると、心のなかで、何か温かなものが拡張と収縮を繰り返すような、そんな幸せをワタクシは感じます。

 

そしてワタクシは、のんびり素直に、神学の道を進みます。それが自分の、自分ひとりの人生なのだ。