反抗期か!

どうもおかしい。

かなりおかしい。

キェルケゴールの『実存に生きる者がそのすべてを賭けて、この世のあらゆるものを断念して、絶対的目的つまり永遠の幸いを求めん』とする姿勢に、どうも共感できん。

いや、批判ではないのですよ。このキェルケゴールの姿勢はキェルケゴール個人のものとして、尊敬という単語では表しきれないほど称賛しているのですよ。

ただ、素朴に

『そこまでやらなくても』

と思ってしまったのだね。

はてこれはどういうことだろうと、考えてみた。

で、なんとなく、わかった。

シアワセなんですよ、今の自分。

こんな混沌とした不安だらけの現状においても、幸せなのです。これまでの人生にないほど。

自分のことを大切に思ってくれる友人がいて、食料も日用品も電気も水道も住む場所も、とりあえずは確保できてる。そして自分も友人も、皆生きてる。

今の今は、こっちの世界により幸せと感謝を感じているわけだあね。

だからムリにこれらすべてを放棄する必要はないし、むしろ今はひとつひとつを大切に取り扱うべきだ、と。

人間って自分都合だからね。生きることに倦み疲れたときは、自殺を考えたときは、厭世観むき出し。だから永遠を求める気持ちがべらぼうに強くなる。

本当はね、幸せなとき・喜ばしいときも同様に永遠を求めるべきなんだけども、今は物質的なことに執着してしまっても仕方のない時期だと思う、自分も他の人たちも。

なのでそこんとこは素直に受け入れて、それでも神さまのことは忘れないで繋がっていようーそれが目下の目標。プチ反抗期(?)といえどもそこにブレはないから、のんびり構えていきたい。