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『Ikkę crię, mousier!  泣かんといてくださいな、旦那!』

『Sommetidles skaj dù crię, Sergei, 時には泣かんといかんときもあるのだよ、セルゲイ』

セルゲイは庭仕事の手を止めて、噴水脇の大理石のベンチに横たわるレイノルズ教授に目をやる。涙がつーっと教授の右目から流れて頬を伝うのだけれど、噴水の細かなしぶきに邪魔をされて、自分の涙なのか何なのか、わからなくなってくる。ベロアのモスグリーンのロングコートにも水滴がかかり、まるで自分ひとりが雨に降られているようだ。

『ほれほれ、せっかくの上着も台無しじゃあありませんか』

『ああ。わざわざ【支給】してくれてありがとう。サイズもぴったりだ』 

『お似合いですぜ、旦那は背がお高い』

『僕が高いって言うより君が低いんだろう、セルゲイ。僕ぁせいぜい6フィートだ』

レイノルズ教授は気だるげに上半身を起こし、ポケットチーフを取り出して鼻を拭う。セルゲイは肩をすくめ、再び花壇の雑草抜きを始める。

『はいはい、どうせあっしは愉快な7人のこびとのひとりでござんすよ。これでも若い頃は宮廷お抱えの庭師だったんですがね』

『どこの宮廷だい』

『シュレジンゲル宮殿ですわ、エストノルト国の。生まれはあっちなんでね』

『そりゃ初めて聞いた』

レイノルズ教授は髪を掻き上げ、地面をぼんやりと見つめる。花壇から飛んできた桃色の花びらが、地面をこすりながら微風のなかで踊っている。今日は憎たらしいほどにうららかな日だ。幸せじゃないって、こういうことか。

『で、息子さんとはそのまんま生き別れ』

セルゲイは雑草の塊を麻袋に詰めながら、教授にたずねる。

『息子って誰の』

『誰って、旦那の息子さんですよ。今あっしが会話しとんのは、旦那、お宅だけですぜ。周り見回してみんしゃい。他に誰もおらへんがな。もう、しっかりしいや…』

『ああ。生き別れと言うか、息子がまだチビだったときには月1で会って、まあその後大学でも毎週会ってはいたんだが』

『それのどこが生き別れですの。虚偽申告も甚だしい』

『いや。講義で会うとき。向こうは知らない、気づいていなかったのだよ。僕が父親だってことに』

『それで旦那はそのまんま、黒馬車に乗っちまったと』

『そういうこと。そこのところだけは、不可抗力だ。僕にも沢山、落ち度はあったけど。それとね、セルゲイ』

『何でしょ、旦那』

レイノルズ教授はコートの内ポケットから小さな封書と『あなたの夢を叶えますクーポン』1枚を取り出して、セルゲイに見せる。

『僕に許された3つの願いのうちの、ひとつめだ。これをある女性に無事に送り届けてほしい』

セルゲイは手についた土埃をはらい、手袋をはめ、封蝋で閉じられたその封書を受け取る。

『レイチェル・パトリシア・ニールセンという人だ。旧姓しか記憶になくて、申し訳ない。それから』

レイノルズ教授は立ち上がってロングコートのボタンを留め、山高帽をかぶると、セルゲイに軽く一礼して言う。

『改めて君に礼を言うよ、セルゲイ。今日一日、君は一度も前歯を見せて笑わなかった。クーポン券こそ切らないが、僕の頼みを聞いてくれた。感謝しているよ。それではまた明朝、ごきげんよう