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日曜礼拝の朝。8時43分。21歳のレイチェル・ニールセンは教会の入口横の受付で、60代前半のシスターと話をしている。

『…そうなの、次の演習で【城の3つの喜劇】を歌うのだけど、シュタイエ城のイメージが浮かばなくて。それと劇中にちょっと出てくる教会があって、当時の建築様式についても調べておかなくちゃいけなくて』

『建築のことだったら教会事務所の売店、あそこに何冊か本が置いてあるとは思うけど…うーん、恐らく、専門書ではないわね』

シスターは箱にロウソクを補充しながら、半ばうろ覚えの雰囲気で答える。レイチェルは受付の机の周りをうろつき、壁に掛けられた幾つかの聖画を眺めて、シスターに言う。

『とりあえず、まだひと月あるから、まずは図書館かな…夏休みのうちに…』

『失礼ですが』

ひとりの青年が入口からレイチェルとシスターに声をかける。レイチェルが振り向く。青年は帽子を脱いで一礼する。シスターは笑顔で会釈すると、そのまま黙って受付向かいの小聖堂へと消えていく。

『その歌劇でしたら、図書館に良い文献があります。ちょっと分厚くて、読み始めは手こずるんですが』

そう言うと青年は、鞄の中から紙切れとペンを取り出し、手のひらの上でささっと何か書き殴ってから、その紙切れをレイチェルに渡す。レイチェルはその内容を見て、思わず微笑むーーそこにはマッチ棒の男の子が、同じくマッチ棒の女の子に数冊の分厚い書籍を手渡している絵が描かれ、その下の余白に【歌劇概論 マーク・ピーターセン著 1705年】と書いてあった。レイチェルは興味深げに笑顔でたずねる。

『ここの大学の学生さんですか?』

青年は、ええ、とうなずき、紙切れとペンを鞄にしまう。

『たまたま僕も、その本を読んだことがあって。哲学のゼミで、発表しなきゃいけないことがあって。音楽とか劇とかっていうのは、僕は全くの外野なもので、確かに手こずりました』

『哲学科?』

『ええ。声楽科の方…ですか?先ほど、お話をちょこっと伺っていたので。よく声の通る方だな、と』

『それはこういう場所でも慎みがないということ?』

青年は急いで首を横に振る。レイチェルは笑ってさらにたずねる。

『教会にはよくいらっしゃるの?』

『いえいえまさか、僕みたいな者が。欲深い怠け者ですから。慎みがないのは僕のほうです。友達からは妖魔とまで呼ばれてます』

レイチェルの笑顔はさらに大きくなって、自然と右手を差し出す。

『私、レイチェルといいます。お名前お伺いしてもいいかしら、妖魔さん』

青年は握手をすると、真っ黒な髪の毛を掻き上げて笑顔で答える。

『マーティンです。マーティン・フラン・レイノルズといいます。どうぞ、よろしく』