今日一日の自分のための、仮定話

自分に好きな人がいたとする。

そしてその人はこちらのことを、取るに足らない未熟で幼稚な者だと考え、バカにしていたとする。

自分はそれでも構わない。

その人が最後の最後、(瀕)死の床についたとき、もし笑顔で静かにその人のもとを訪ねることができたなら、それは自分の粘り勝ちだと思う。

バカにされようと相手にされなかろうと。

ただただ一本、真っ直ぐ、羞恥心や嫉妬を越えて好きでいる・愛するという気持ちさえ持てたなら、そのときにこそようやく自分は初めて大きくなり、大人になれるだろうと思っている。