真夏の本気の戯言(まだ目ぇ病んでる)

自殺志願が常習癖になっているのに、死ぬのが怖い。

 

誰だって大病患ったり事故に遭ったりして苦しんで死ぬのは嫌だ。私だって嫌だ。

 

でも問題なのはそこじゃない。

 

学びたいことがあるのに、時間が足りなさそうに見える。体力も知力も足りない。追いつかない。

 

そんな追いつかないまんまで死ぬのが怖い。学問や尊敬する思想家・哲学者・作家に、私が個人的に求め続けている『中心』に近づけないまま死んでいくだなんて、彼ら・それらに申し訳が立たない。

 

その点に限って言えば、私は自分の命を後回しにしているんだと思う。私自身より、思想家や哲学者が紡いできた偉大な思想・主張に学ぶことを、優先している。それが私の差し出すべき愛だと思っている。

 

恐らく、唯一の救いは、自分がキリスト教徒だってことだろう(決して、キリスト者とは言いません)。死んだあとの行き先が決まってる。目的がある。『次の仕事』がある。

 

ずっと仕事があるってのも疲れるけど、自分のなかで『これは第一段階の仕事、これはそれ以降に自分に期待されてるかもしれない仕事』というふうに、時間(自分の人生)に区切りをつけてコツコツ構築していくのは、大切なことなんじゃないかと思う。そのなかで逆算したり、先取りしながらして、学んでいくべきなんじゃないかと。