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『せっかく仕立ててもらったのに、着ていく所がないんだからねえ』

マホガニーのスツールに前かがみに腰かけ、熱い珈琲をすすりながら、マーティン・フラン・レイノルズ教授は農夫のセルゲイと仕立屋のパトリック相手にぼやく。開け放った部屋の白い格子窓からは初秋の乾いた風が入り込み、静かにレースのカーテンを揺らしている。仕立屋のパトリックはクリーム色のウェイストコート、ズボンそれからロングコートをそれぞれハンガーに掛け、数歩下がって仕上がり具合を確認する。

『まだお時間はございますよ、博士。ゆっくりお決めになったらよろしいかと』

『そうですわ旦那。誰も急かしておらへん。今すぐどうにかせにゃ、ってことでもないですわ』

セルゲイも前歯を見せずに、珍しく穏やかに諭す。

『君に優しく言われると逆に何か裏があるんじゃないかと疑うけどね、セルゲイ』

レイノルズは珈琲カップをコトンとテーブルに置くと、両腕を頭上に伸ばしてあくびをする。そして数秒のあいだコートを眺めたのち、ゆっくりとスツールから立ち上がって、コートの袖に触れる。

『パトリックさん、ちょっと聞きたいんだが。この一張羅に似合う帽子はないかね』

『帽子がないと落ち着きませんか』

『うーん。どうだろう。君はどう思う?』

『博士の髪は真っ黒でお綺麗ですから、たまには帽子で隠さずそのままでおられるのも良いかと』

パトリックはウェイストコートに丁寧にブラシを掛けながら答える。レイノルズはハンガーに掛かったロングコートを眺めながらぐるっと1周し、最後に正面に立ってうなずく。

『まあ、たまにはそれもいいか。ありがとう、パトリック』 

パトリックは笑顔で一礼し、裁縫箱にブラシと針をしまう。

『ああっと、そういえばセルゲイ』

レイノルズは思い出したようにセルゲイに言う。

『なんでしょ、旦那』

セルゲイは口にくわえた煙草をすぱすぱと吸いながらレイノルズを見る。レイノルズは右手で何かを擦る仕草をして、目くばせをする。

『第2のお願いだ。会いたい人がいるーー息子に是非、会わせてくれ』

セルゲイは歯を見せて笑う。

『例の生き別れの息子さんですな、生き別れの。わかりやした、2枚目のクーポン券切りましょ』