美と死と永遠

真に美しいものは、永遠のなかに閉じ込められつつあるか、あるいは既に永遠のなかに閉じ込められてしまっている。

だから本当に美しいと思わせるものには、死の香りが漂っていたり、死の影がまとわりついていたりする。

つまり、最低限一度は死んでいる、ということ。

美とは、枯れゆくことであり、枯死の様式(the art of decaying)だと思う。

Manic Street Preachersの『She Is Suffering』を聴いていても感じるのだけども、やはり美というものはそれを見る者感じる者を深く吸い込み、自らとともに苦悩に引き込み枯れさせてゆくものなのではないだろうか。もちろん、その先に永遠性があるという前提のもとで、だけれども。

私は永遠や永遠性を信じたい。

幼い頃から、天国や永遠といったものを漠然と思い描いていた。

私はクリスチャンになるべくしてなったのだと思う。

日頃から、それこそ何十年も永遠性を求めてきた。ごく漠然とではあるけれど。

だったら、信じればいい。

自分には最初から永遠と永遠の命とが用意されており、この世での命というのはそこにたどり着くまでの仮の姿でしかないのだ、と。