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『あなたってあのお店でも妖魔って呼ばれてるのね、』

レイチェルはカラカラ笑いながら、隣を歩くマーティン・レイノルズに言う。ふたりはスキャルケイル市内のとある古書店を出たばかりである。

『ただあのお店の人も、失礼だけど古本屋の店主にしては随分太ってるから、あなたに負けず劣らず妖怪って感じだけど』

『あのストラストヴィーチェ親父ね。肉屋の店主みたいでしょう。先代のストラストヴィーチェ・シニアはほっそりとした紳士だったんだけど』

マーティンはジャグラーのように硬貨を空中にトスしながら答える。平日、木曜の昼間にしては、人通りが少なく静かだ。スキャルケイル市内には教会以外に高い建物が数えるほどしかない。平地でなおかつ空が開けている。いい空気だ、そう思ってマーティンは大きく息を吸う。

『以前あそこでアケネシスっていう作家の全集を買ったことがあるんだけど、37冊で。馬車を呼んで下宿先に運ばせました。親父に37冊梱包させて、馬車の荷台まで持って行かせて。いい運動になったんじゃないかな、真夏だったし』 

『高かったでしょう、37冊だなんて』

『親父が店を畳まずに済んでいるのも僕のおかげだねきっと』

マーティンは投げた硬貨を受け損ねる。硬貨がカツンと乾いた音を立てて道に落ちる。それをレイチェルは拾ってマーティンに渡す。硬貨をつまんだレイチェルの親指と人差し指が、マーティンの手のひらに軽く当たる。

『ありがとう、』 

マーティンは少し顔を赤らめて笑う。レイチェルもマーティンを見て微笑む。

『レイチェルさん、あそこの空き地でちょっと休憩しませんか。オレンジ色っぽい花が沢山咲いているでしょう?たぶん、マリーゴールドだと思うんだけど。妖魔は見かけによらず年寄りなんです。腰が痛いから草っ原で休みたい』

レイチェルは青空を見上げ、白い雲の流れるのを見て息を吐く。なんとなく、気分がいい。こういう感じ、悪くない。

『そうね、私、妖魔さんにおつき合いします。花も見たいし、買った本も少し読みたいし』

『せっかくだから朗読をお願いします。こういう日には外で居眠りをしてみたいです、声楽科のレイチェルさんの声で。ただし、オペラはなしですよ』

そうしてふたりは並んで静かな通りを歩き続ける。