なりたい自分になりつつあること

はてこれは不思議だなと思うことがある。

何だかんだ言いつつも、私という人間は、なりたい自分になりつつあるんだな、ということだ。

いつからそういう変化が始まったのかは、厳密には当然のことながらわからない。

ただ思うのは、

周囲から身体的・心理的虐待を長期間受け続けてきたことが、逆説的に自分を強固にしてきた。虐待被害によって解離性同一性障害を発症してしまったなかで、それでも本来の芯の部分だけは逆により一層強く守れたこと。特に、医療・福祉職員からの執拗な心理的虐待は、矛盾するけれど私という人間の根底を覆すどころか、より大きなものにしてくれたと思う。ただし、誰もそんな動物連中にはこれっぽっちも感謝していないけれど。

それから、人生のある地点においては、そのとき自分のいる場所や仕事の内容が自分にしっくりこないこともある。具体的に考えてみても、『私、この仕事向いてないかも』とか、『本当の自分はこんなんじゃない!』と思う人はこの世に大勢いるはずだ。でも、それでいいんじゃないかと思う。年単位で振り返ってみたときに、もしかすると、『あのときあの職場で働いていたから今の自分があるんだ』と思えるようになることだって、あるかもしれない。

私は20代の頃に、詩人になりたいと思った。それから17のときから漠然と、自分の存在理由っていったい何なんだろうかと思っていた。だからやっぱり私という人間は、哲学なり信仰なりちょっとした文学なりに道を求める者だったのだと思う。

ほんのわずかな期間だったけれど、以前の私は自分の書いた詩でごく少額のお金をいただいていた。詩を1本朗読して、1円、5円、500円。詩集を出版して、1冊1,000円。所詮はその程度のちっぽけな世界だったけれど、それでも自分のやりたいことで1円を稼げるというのは、誰にとっても嬉しいことだろうと思う。そのようにしてお金を得ることのできる人たちを、私はバカにしたりはできない。なぜって、それだけで尊敬の対象だから。有名か無名かなんてことは、関係がない。

今の私はやる気がなく、全くの無名だ。体のことがあり、外に出かけて人に会う意欲もない。それでいいと思う。それよりも、詩と哲学と信仰、この3つを今こうして自分のそばに置いていること、これが嬉しい。【夢が叶った】【なりたい自分になれている】という実感が、淡々とではあるが私のもとにやって来ている。

でも、自分というものは、いつだって見失うものだし、見失って良いのだとも思う。なぜならこの世のすべての『在』というものは、どんな記号をもってしても、完璧には説明しきれないだろうから。すべての在、存在というものは、記号を超越すると私は考えている。だから哲学というのは『超えられないものをそれでも言語を駆使して超えようとする前進運動』であり、本質を掴んだらそれでハイ終わり、ではいけないと思う。絶対に。

29、30歳の頃だったか、SNSで友達になったとあるアマチュアパンクロックバンドのお兄さんから、

『あなたは存在そのものがパンクロックだ』

と言われたことがある。

これにはちょっと、苦笑した。

賞賛されるのは素直に嬉しい。私だって気分のいいときは、『そうでしょうそうでしょう~、私すごいのよパンクなのよー』と、調子に乗ってみたい。

でも。

そのお兄さん、頭のてっぺんから爪先まで、ご自身の尊敬するミュージシャンの真似をなさっていたのですよ。髪型も、タトゥーも、ピアスも、歌詞の内容も、読む本も、言葉遣いも体制批判も、ほとんど何もかも。

こういう人に『あなたはパンクそのものだ』と言われても、説得力ないんだよね(苦笑)。

それから、『孤高のロックミュージシャン』という表現をよく目にしたり耳にしたりするけれど、これはタウトロギー(同語・類語反復)かなと思う。ロックミュージシャンは孤高だからロックミュージシャンなのであって、他者と仲良くリラックスしてつるんでいるロックミュージシャンはロックミュージシャンじゃない。それから、体制批判をしてみたところで、それは他のどこかの誰かだって(徒党を組んで)やっていることなわけだから、結局集団のなか大衆のなか、複数の人間のなかでやっていることなわけです。王室なんていらないとか、声高に過激に目に見える形で叫ぶことも、スタッズの沢山ついた革のジャケットを着ることも、パンクには程遠い。真の叫びとは、そうそう他人の耳に容易には聞こえないものだと私は思う。

それから私は、他人から『あなたってこういう人よね』とか『こういう人なんでしょ』と決めつけられたり質問されることが大嫌いなのだ。だから、たとえそれが褒め言葉であっても、『存在そのものがパンク』と言われるのは正直そんなにめっちゃくちゃ嬉しいことではない。

なぜって私の存在は言葉で定義しきれるものではないし、定義に用いられた言葉を常に超えていくものなのだから。

ダラダラわけのわからないことを書いてしまったけれど、今の今、この瞬間は、自分にとりあえず満足している。60点くらい。これでいいと、今は思う。