試し

解離性同一性障害により、男性人格として主語は『俺』を用いています。読みたくない方はスルーなさってください。)

 

ちょっと試してみたいことがある。

貧乏に見せかける。
そして今持ってるもののうち、何かを手放す。

これによって周囲の反応はどうなるか、自分のなかでどんな変化が起こるか。

自分に関しては、予測がつく。 

物理的にも心情的にも『捨てた』のであれば、そのぶん当然スペースが空くわけで、そこに何か新しいものが入ってくるのは確実だ。書籍なり食い物なり他人の思想なり自分のハナクソなり。

他人はどうだ。

故意に突如としてびんぼーになった、そんな俺の『外側』を見て、俺を蔑むだろうか。それとも変わらない?

そして最低限、物理的に多くを持たない俺を見て、かわいそうだとか本も読まずに頭が弱そうだとか、みすぼらしいとか、すっからかんだとか、どんなことを考えるだろうか。どんな発言を俺に向けるだろうか。

これまで以上にむごたらしい本音を見たいよね。本音、本心、人間の汚らしい部分。