いっつも思うんだよなあ。綿か何かを詰めて手袋すれば、わからないんじゃないかって。ダメか。動きが不自然だろうし。そもそも『ない』んだから、動くわけがないんだし。
でも何も詰めないものだから、いつも小指の先だけがぴろぴろしてる。それでお客様には不思議がられて、君それどうしたんだいとか、あらあなたおかしいわよって、真顔でじろじろ見られる。扇子をあおぎながら覗き込んでくる奥さまがたもいらっしゃる。仕方がないから『生まれつき短いんです』とだけ答えるようにはしてるけど、毎度のことにもうウンザリしてる。
それと、…ハンコンコウシュク、ってやつだったっけ。確か最初に診た医者はそんな言い方してた。もう少し早く治療できていれば良かったんですが、とも言われた。そりゃ無理ってもんだよ。馬車が時間どおりに動くとでも?きっとあのとき1時間半待たされたおかげで、こんなふうに固まっちゃったんだよ。
今日は天気いいけど、風がちょい寒いなあ。窓、閉めようか。レイノルズさまがいらしてからでいいか。ん?これってヒバリの鳴き声?散歩したいなあ。仕事中だけどさ。いろんな口実つけて旦那さまを誘って…なんて、無理か。レイノルズさまだけは手袋のこと、僕に訊かない。ヘンだとは思ってらっしゃるんだろうけど、訊いてこない。
ケロイドってのも気持ち悪いよねえ。僕自身は慣れたけど。だって朝から晩まで僕の手にあるんだし、見ないわけにいかないじゃん。これって僕だけの秘……
『やあジュゼッペくん、お待たせ!』
『シャンパンでしたらこちらにご用意しております、レイノルズさま』
『ありがとう。今日はいい天気だねえ。あれはヒバリの鳴き声かなあ?』
『私も先ほどそのように思っておりました、随分元気な鳴き声が響いているなあと。お寒いようでしたら窓をお閉めいたしますが、いかがなさいますか?』
『君が寒いなら閉めてくれていいよ。僕は大丈夫』
『ありがとうございます、それでは閉めさせていただきます』
『ねえジュゼッペくん』
『なんでございましょう、旦那さま』
『僕がシャンパン1杯飲んだら散歩にでも出ないか?こんな気持ちのいい日にずっとお屋敷のなかで仕事やお喋りってのも、疲れるでしょう』
『ありがとうございます、是非、喜んでお供いたします』
『いろいろ案内してほしいんだ。僕はまだまだこの家では新参者だから。お婿さんっていうのも、楽じゃないんだね。生まれて初めての経験だし』
『最初で最後の経験であることを願っております。旦那さまは誰が見てもすでにニールセン家の一員でございますから』
『嬉しいことを言ってくれるね、ありがとう。正直、シャンパンはひとくちでいいや。君と話すほうがずっと楽しそうだ』