イメージt

『水溜まりを避けて行ってくれよ、ヴィンセント』

レイチェルの父親、ヨハンネス・ニールセンは馬の脇腹に右手をあてながら、御者に指示を出す。6月中旬の日曜日、午前11時45分。前日、前々日の大雨と嵐から一転、澄み切ってまぶしいほどの快晴。北風は昨夜までの荒々しさを残しながらも、涼しく肌に心地良い。教会脇の小さな花壇では、日の光のもと雨粒に濡れた体をぐんと伸ばすようにして草花が咲いている。

『お義父さん、お義母さん。あちらに着き次第、手紙を書いて送ります。皆さん、本日はお忙しいなかお集まりいただき、改めて心より感謝申し上げます』

馬車に乗り込んだマーティンは、帽子を脱ぎ、周囲を取り囲む参列者全員に深々と頭を下げる。

『次はあたしの番ね!』

20代前半の赤毛で抜けるように白い肌の女性が、頬を赤らめながらブーケを振って叫ぶ。花嫁のレイチェルは、参列者が声を上げて笑うのを見、それから隣に座るマーティンを見、ますます笑顔を大きくする。マーティンの口もとにコンフェッティのかけらがついていたので、指先でそっとつまみ取る。

『それでは、出発します』

御者が二頭の馬の背中に鞭をあて、馬車を出す。山高帽を派手に振る男性、棒飴にしゃぶりつくのに夢中の幼い女の子、曲がった腰を懸命に伸ばさんばかりにして一部始終を眺める白髪の男性、ハンカチでそっと涙を拭う使用人の女性。式の参列者は、それぞれ思い思いの姿で新郎新婦の門出を見送る。

『みんな、ありがとう!』

マーティンとレイチェルは声を揃えてこの日最後の挨拶をする。馬車はゆっくりと動き出すと、徐々に速度を上げ、水溜まりを避けながら郊外へと遠ざかっていく。

 

 

翡翠だなんて、珍しいかしらね?』

レイチェルはマーティンの左薬指に光る結婚指輪を示して訊ねる。マーティンは腕をぐっと前に伸ばし、指輪を日の光にかざす。

『ニールセン家に入る人は、みーんな翡翠の指輪をはめるのよ。これであなたも、家族の仲間入り。勝手におうちから出て行っちゃ、ダメよ』

『僕は放浪グセがあるから、ときどきは近場の草原かどこかで見つかって捕獲されるかもね』

『他の女性と失踪なさるのでなければ、ときどきはよろしいですわよ』

『捕獲するときはチョコレートでコーティングしたポム・フリ(揚げ芋)でおびき寄せてください、できればレイチェルさんの手作りで。それから網も仕掛けて』

ふたりは顔を見合わせて、ププーッと笑う。

『オスターヴィントに着いたら、何しようか?荷物をほどく以外に』

『あなたとなら何でもいいわよ、池の鯉の餌やりでも、折り紙でも、何でも。哲学討論は困るけど』

『それじゃ、高台に登って景色でも眺めて、そのあとのプランを立てようか。お義父さんとお義母さんに手紙も書きたいし』

『了解。長靴ならしっかり用意してあるわよ。結婚式直後に遠足っていうのも、悪くないわね。幼稚園児かしらね、私たち』

レイチェルは正絹のドレスに残るコンフェッティを手で払うと、首を傾けてマーティンの右肩に寄りかかり、彼の手を握る。