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「ねえ、どうせなら玉座を用意してくれても良かったのに」

マーティン・レイノルズ教授は灰色のソファの上に身を横たえたまま、大あくびをする。胸の上に乗っている、まだ熟しきれていない梨に指で触れると、ゴツゴツガサガサとしていて何となく気分が悪い。それに、半身を横にしているだけとはいえ、こうして既に数十分ものあいだ同じ姿勢を続けるというのは、「うんざりする」と溜め息混じりに叫んでも叫んでも足りないほどに退屈だ。

「まあまあ、いい機会じゃないの、旦那。あたしたちにとっても旦那みたいな色男の絵を描くだなんていうのは、目の保養には持ってこいなんだから」

双子の鑑定士のひとり、エリザベートは笑う。梨の色を決めようとして、パレットの上で緑と黄の油絵の具を混ぜるが、油が足りない。エリザベートは隣に座る姉のマルゲリータの油壺をひょいと引っつかむ。マルゲリータマルゲリータで、レイノルズ教授の黒髪とモスグリーンのロングコートを描くのに夢中である。

「ねえ旦那、ちょっと申し訳ないんだけど、ポケットチーフが見えるように、ほんの少しだけ動いてくんない?」

マルゲリータは絵筆を口にくわえながら、レイノルズ教授に指示を出す。レイノルズはソファの上で、もぞもぞと左半身を起こす。

「そうそう、そこいらへんでいいよ、ありがと旦那」

あまりの退屈さと気だるさとで、レイノルズ教授は梨を手から落とす。ゴロンと鈍い音を立てて床に落ちたその梨を、そばで見ていた農夫のセルゲイが拾いに行く。

「なんならお眠りになってしまってもよござんすぜ、旦那。旦那がよだれ垂らして寝ている姿を肖像画に収めるってのも、悪くない」

「そうそう。なんなら、なーんなら死んだようにダランと伸びてても構わないわよ、ねえ、姉さん?」

マルゲリータエリザベートは顔を見合わせて笑い、一瞬、イーゼルの陰に身を隠すようにして背を丸め、レイノルズの視界に入らぬところで手を握り合う。理由はわからないが、双子の様子がなんとなくレイノルズの勘に障る。彼は気だるげな面持ちのまま、ちらりとふたりに目をやり、それからセルゲイに向かって言う。 

「ねえセルゲイ。例のクーポン券。最後の1枚なんだけど」

セルゲイはあうんの呼吸でズボンのポケットからクーポン券を取り出す。それを見てレイノルズは重だるい拍手をする。

「ブラボー、セルゲイ。君はいつだって準備がいい」

「旦那に喜んでいただいて光栄ですわ」

セルゲイは劇場で演説を一席ぶつ前の劇作家のように、深々とお辞儀をする。

「で、最後はどうなさるんで?」

レイノルズ教授は大きく伸びをして起き上がる。マルゲリータは舌打ちをして、エリザベートは肩越しに絵筆を放り投げる。教授はふたりにあかんべぇをする。

「うん。以前お世話になった、若い使用人の青年にね。彼に贈り物をしたい。できるかな」

「お安い御用で。それから、ほな、これ」

セルゲイはクーポン券を切り離すと、ズボンのもう片方のポケットから、小さな巾着を取り出して、レイノルズ教授に投げる。レイノルズは両手で巾着をキャッチする。

「中身、見てみんしゃい」

博士は巾着の紐を緩める。そして中に入っている物を見て、目を丸くする。

「これ」

セルゲイは自分をまじまじと眺めるレイノルズ教授の姿に、前歯を見せて笑う。

教授の右手のひらには、この宮殿に来たときに没収されたはずの翡翠の指輪が光っている。

「永久に没収とは言いませんでしたぜ、わしは。せっかくの名入りの指輪なんでね。カエサルのモノはカエサルに、博士のモノは博士にってやつですかい」

セルゲイは煙草に火をつけ一服すると、プハーッと大きく息を吐き、レイノルズ教授にウインクをして部屋を立ち去る。