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慣れもしないことをするんじゃなかった。慣れどころか、人生初じゃないの。お酒だって苦手なくせに。バカみたい。50手前で、あんなふうに人様から火をもらって、こんなふうに慣れない手つきで煙草なんか吸って、喉がカッサカサじゃないの。

ああやだ。お冷や。いえ、違う。コーヒー。ああ、少し落ち着いた。え?煙草とコーヒー?煙草好きな人はこういうので気分が和むのかしら?ミルクも砂糖も入れないで?あたしは砂糖を入れないとーーー。

やだ。砂糖。砂糖!自分から会いに行くときは、遅刻しないようにとか、驚かせちゃおうとか、そんなことでちょっと緊張する程度なのに、誘いに応じて出かけるとなると、どうしてこんなに心配になるのかしら。どうしてこんなに顔が浮かぶのかしら。

指先が冷たい。手のひら、汗かいてる。

このお店の照明は少し眩しすぎるわね、顔が火照ってしまう……にしても、私、ずっとこの紙切れ持っていたのね。何年?25年?26年?私はもう、こんな女の子じゃない。息子は仕事が決まったし、娘だってあと1、2年で家を出て行くかもしれない。主人は愚痴ひとつ言わず働いてくれてる。お義母さんのケガの具合も良くなってきたから、今のところ私が面倒を見に行く必要もない。そう、今のところ私は別に、何も大変じゃない。なんにも。でも、ただの、……ただのおばさん。つまんない、疲れた、大してやることもない、おばさん。

それで。あっちは。よ……バカみたい、いつも私、『妖魔』って言っちゃう。あっちは、どうだろう。老けた?太った?今の私みたいに、煙草にも手を出し始めた?恋人、いるのかしら。…そうね、実はいたりして。髪の毛は?白髪混じりかな?

だってね。まさか今になって、こんなふうに手紙が届くだなんて。待ち合わせ場所。ぼんやり、見える。なんにもない小っちゃな町で、ふたりで歩いてて、あれは何だろう、石造りの平屋で。チューリップも咲いてて。で、もう少し歩いて行くと、黄色、……マリーゴールドが沢山咲いてる空き地。風が吹き抜けて、ちょっと寒くて、見上げると空にはちぎれ雲があって……。

どうしよう。これから本当に行くんだ。手先が冷える。このスカーフ、褒めてもらえるかしら?似合ってるって。……バカみたい、こんな色の口紅つけちゃって。

そろそろ、お代。このテーブル傷だらけ、脚もガタガタしてる。この煙草の火、どうやって消せば、『慣れた人』に見える?……もう、バカらしい、適当に灰皿に押し潰しちゃえ!

コート着て。立たなきゃ。隣の人にぶつからないように。それにしても狭いカフェね。息苦しい。マーティンがいたらどんなこと言うかな……って、今からその妖魔、もとい、マーティンに会いに行くのよ、自分。ほら。ドア開けて。ああもう、ベルがちりんちりん、うるさい。はーっ。外の空気。助かった。仕方ない。震えてるけど。行くしかない。

 

会いたいんでしょ。あの人に。