tête-à-tête 6

ホワイト・ヘイヴン市中心部の繁華街、シトルリア。マーティン・フラン・レイノルズは小脇に語源学辞典と鞄を抱えて、とある喫茶店に入る。その店の外装は飲食店というよりも石造りのロッジ風で、通りに面したふたつのガラス窓の外枠には青々とした蔦がその手足を絡ませている。そして向かって右隣にはこの喫茶店とは対照的に、重苦しい黒い外壁の『ブラック・マスト』という酒場が並んでいた。

マーティンは喫茶店のドアを開け、後ろ手で閉める。店内は外の喧噪が嘘のように静かで、そこここに置かれた品のあるアンティークの調度品が照明できらきらと輝いている。店主のマクシミリアンはマーティンを見るなり、笑顔で挨拶をする。

『いらっしゃいませ。この店は初めてで?』

マーティンはコートと麻の帽子を脱いで答えた。

『はい。ホワイト・ヘイヴンの新参者です。死ぬほどに甘いものが飲みたくて』

『ココアにしますか、それとも何か別のものを』

『角砂糖をぽちゃぽちゃと落とせるものなら、何でも。本当は砂糖を山と買って家でコーヒーを飲むつもりだったんです。でも、いい角砂糖が店になくて』

『それではコーヒーにしましょうか』

『そうですね、お願いします』

マクシミリアンはマーティンをいちばん奥の2人がけのテーブル席に通すと、小さなグラスに水を注ぎ、ナプキンとともにテーブルの上に置いた。マーティンは脱いだコートと帽子を向かいの椅子の背にかぶせ、ふぅと溜め息をついてもう一方の椅子に座る。そしてグラスの水をひと口すすると、この前ストラストヴィーチェ書店で手に入れたばかりの辞典を繰り始めた。

『ええっと。アヴェリア……じゃなかった、アヴァリエ、アヴァリエっと……』

『お待たせいたしました』

笑顔でマクシミリアンがコーヒーと角砂糖の入った銀食器をテーブルに置く。

『え。あっという間ですね』

『ホワイト・ヘイヴンでは魔法が使えるのです。砂糖はいくらでもございますから、足りなければ声をおかけになってください。それでは、ごゆっくり』

マクシミリアンは腰から深々と一礼をして、カウンターの向こうの厨房へと消える。

『ありがとう』

マーティンはマクシミリアンに礼を言うと、再び辞典に戻り、Aのページを繰る。綴りを何となく推測しながら、語頭がava…の単語を調べていく。そしてavali…のところまで来ると、探していたと思われる単語にぶつかった。マーティンはその語の語源と定義にざっと目を通す。

 

avalięr (vb.)

avalięr, avalięrede, avalięret

1.( 銃で)撃ち抜く

2. 突貫する

3.(工具などで)穴を開ける、掘る

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

origįn: 18世紀、国王の言語・思想統制教育に反発した若年知識層が、国王の宮殿前に集結し、宮殿の外壁や鉄柵を小銃(avali)で撃ち抜こうとしたことから。

→avali(n.)およびavalius(n.)を参照

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

 

マーティンはavaliusという単語も見ようと、さらにページを繰る。するとそこには次のように記されていた。

 

avalius(n.)/1.および2.pl. avaliusę

 

1. (Avalius)アヴァリエ派の銃撃者、銃撃犯

2. (一般に)銃撃者、銃撃犯、銃撃兵

3.  (集合不可算名詞)銃撃部隊、狙撃部隊

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

origįn:18世紀、国王の言語・思想統制教育に反発した若年知識層の当時の呼び名、avalusの発音が訛ったもの。

 

マーティンはページの角を大きく三角に折ると、先ほど見た【avalięr】に戻り、そのページも角を折った。そして角砂糖の入った銀食器の蓋をつまみ、角砂糖を続けて8つ、取り出してはぽちゃり、取り出してはぽちゃりと、コーヒーに落とす。砂糖がジワジワとコーヒーに溶け込んでいくのを確認すると、マーティンは金のスプーンで軽く掻き回し、一気に飲み干した。

 

『ありがとう、おかげで糖分補給ができたよ』

マーティンはカウンターの向こうのマクシミリアンに大きな声で礼を言うと、向かいの椅子に引っ掛けたコートのポケットから財布を取り出し、しわくちゃの高額紙幣を1枚、テーブルに置いた。

『もう行かれるのですか?』

『うん。砂糖さえ体内に収まればね。麻薬みたいなものさ。ごちそうさま、お釣りはいらない、ありがとう』

『ありがとうございました、またいつでもお越しください』

『うん、是非ともそうさせてもらうね』

マーティンは素早くコートを羽織って帽子をかぶり、それから鞄と辞典を小脇に抱えると、笑顔で店を出て行く。マクシミリアンは厨房を出てテーブル上の食器を片づけようとするが、テーブルに残された紙幣の額を見て驚く。慌ててマーティンに声をかけようとするも、既に彼は通りへ出て行ってしまっていた。

 

マーティンが喫茶店を出るのと同じタイミングで、ふたりの若い男性が隣の【ブラック・マスト】という酒場のドアを開けて店に入っていく。ふたりの胸には、赤のラインで縁取りされた金色の小銃モチーフのブローチが留められていた。ふたりのうちのひとり、首にペイズリー柄の赤いスカーフを巻いた男性は、くわえていた葉巻を石畳の道路に放り捨て、鋲底のブーツで雑に火を揉み消す。もうひとりの青年はその様子を見て笑う。

『進歩だな、シリル。今までだったら火を消すなんて、あり得なかったもんな』

赤いスカーフの青年は口もとだけをニヤリとさせ、冷たく凍る青い目で道路に唾を吐いて言った。

『お望みなら昔のとおり、目につくモノはすべて焼き払ってやってもいいんだぜ。いつでも、どこででも、喜んでやってやる』