tête-à-tête 9

1900年、ビレホウル王国の首都、スキャルケイル。レイチェルとレイチェルの夫・ピーターが、自宅応接間のソファに肩を並べて座っている。季節は11月の半ばを過ぎ、外はしとしとと雨が降っていて、自宅のなかはどの部屋もしんと静まり返っている。応接間の壁時計が夕方4時を刻む。ピーターは前かがみの姿勢で膝の上で両手を組み、静かに話を切り出した。

『籍はこのままでも、どちらでもいいと思うよ。ただ、僕と一緒にずっとこの狭い家にいるより、もうあちらへ越した方がいいと思う……これは法律的なことじゃないから。お義父さんの遺品整理にしたって、あれだけ大きな邸宅だ、僕が手伝うにしてもハイ1週間2週間で済みましたってことにはならないだろうし、何よりも君には行ったり来たりが大変だろう』

『あなたは仕事で忙しいんだから、遺品整理のことは大丈夫よ、私ひとりで……』

『僕がそうしたいんだよ。何も気にしなくていい』

『じゃあ。ありがとう。そこはお言葉に甘えて』

レイチェルは寂しげに微笑むと、家事で爪先のささくれ立ったかさかさの手をぼんやりと眺め、静かにさすった。ピーターはその仕草を見て、レイチェルの手に自分の手を重ねる。

『君は』

ピーターは遠慮がちに言った。

『そんなには幸せそうには見えなかった。僕といたこの20年のあいだは』

『そんなこと』

レイチェルは思わずピーターの言葉を遮る。ピーターは小さく微笑む。

『嘘はつかなくていいんだよ』

『でもあの子たちにはどうやって説明すれば』

『ふたりはもう20歳過ぎじゃないか。大丈夫、理解してくれるだろうよ。君にとっても、ちょうどひと段落つくいい時期じゃないか。それでいいんだよ』

『だけどそれであなたは…』

今度はピーターがレイチェルの言葉を遮った。

『君はまだ、いやずっと、あの人のことが忘れられないんだよね』

沈黙。

『どうせ嘘をつくならそこで嘘をついてほしかったな』

ピーターはもの悲しげに笑った。レイチェルはスカートのプリーツにしわができるほど、膝の上でぎゅっと拳を握り締めた。

『ごめんなさい。あなたにとっても楽しくなかったでしょうね、私の父に押し付けられての結婚だったから』

ピーターは穏やかな笑顔で首を横に振る。そして最後の最後に、堰を切ったように打ち明けた。

『僕は君と出会えて幸せだったよ。そう、幸せだった。今でも幸せだ。君にも、君のお父さんにも、感謝してる。でも僕には君をハッピーな気持ちにしてあげることが叶わなかった、君とのあいだに分厚い壁があるような気がしてたんだ、ずっと。そこを乗り越えられなかったのは、僕自身の力のなさゆえだ。だから、ごめん』

ピーターはレイチェルの頬に一度だけ口づけをすると、彼女の手を取って目を覗き込む。

『別居しても僕はここにいるから。気が向いたときに遊びに来てくれればいい。来週以降のお義父さんの遺品整理も、迷惑でなければ一緒にさせてくれるね?』

レイチェルは目に涙を溜めて、うなずき微笑む。