tête-à-tête 11

1834年ビレホウル王国、スキャルケイル王立大学。エメリー・レイノルズ准教授は学長室前のひとり掛けソファに座って待機している。学長室の目の前には、学内でも最も美しいとされる芝生の庭園が広がっており、小鳥のさえずりや談笑する学生らの声が窓ガラスの向こうからわずかに聞こえてくる。

『レイノルズ准教授、どうぞお入りください』

学長室の重厚なドアが開く。40代半ばほどの女性秘書がエメリーを部屋に通す。エメリーは黙って立ち上がると、胸ポケットに差したハンカチの形を整え、ジャケットの裾を伸ばして深く一礼をした。

『失礼いたします』

『ああーレイノルズくん、忙しいところ呼び出して悪いね。さあ、こちらに座ってくれたまえ』

学長のフローリアン・オスタゴーは老眼鏡を頭に乗せ、読みかけの新聞を机の脇にのける。机の上には新聞と木箱に入った筆記具一式のほか、赤いバラが一輪、青銅色の透明な花瓶に挿されて置かれていた。オスタゴーは鼻の下の白い髭を指先でひねりながら、レイノルズ准教授が椅子に腰掛け姿勢を整える様子を見守る。レイノルズはジャケットの前を合わせると、背筋を伸ばしてオスタゴー学長に言った。

『いえ、滅相もございません。お呼びいただき光栄です。それで、本日はどのようなことで』

『うん。特段、変わったことではないんだがね。まあ、念押しということだな。君はいつも遵守してくれているから、心配はないんだけどもね』

シラバスのことでしょうか』

『そうそう。いつもどおりの話で申し訳ない。年度変わりに差しかかったということで、基本的にはこうして教職員全員に直接通達しているんだが、自由主義的な思想、この国の体制を揺るがしかねない海外からの新たな思想、そうしたものは一切、講義内容から外すよう、改めてお願いしたい』

『それでしたら全くご心配いりません。ここで働かせていただいている以上、学長の指示・通達に従うのが、当然、私の務めです』

『ありがとう。君は信頼できる。教職員のなかには見るからに不承不承の者もいるからね。君のように院生時代から忠誠を誓ってくれている人は、今では稀だ。期待しているよ、レイノルズくん。話はただこれだけだ、君には当たり前過ぎる内容だったね』

『とんでもございません、来年度もどうぞよろしくお願いいたします』

レイノルズ准教授は椅子からすっと立ち上がると笑顔で深く一礼をしたのち、部屋を出ようとする。そのときオスタゴーは思い出したようにレイノルズに声をかける。

『ああ、そうそう、レイノルズくん』

『はい、何でしょう?』

オスタゴーはリンゴのように赤い自分の頬を撫でながら、言葉を続けた。

『まあ、これもいつもどおりの確認なんだが、今月分の給与、無事に受け取り済みかね?』

エメリー・レイノルズは大きな笑顔で返答した。

『はい、無事に。こうして家族ともども毎月つつがなく暮らしてゆけるのも、学長そしてこの国の制度のおかげです。ありがとうございます、たいへん感謝しております』

『期待しているよ、レイノルズくん』

レイノルズ准教授はドア横に立つ女性秘書にも笑顔で会釈をし、その笑顔のまま、学長室をあとにする。そして後ろ手でドアを閉めると、笑顔から一転、侮蔑の表情で、ジャケットの内ポケットから1枚のメモを取り出す。

 

学生寮東棟、1年生2名

学生寮南棟、3年生6名(うち女子1名、新規加入)

研究者寮b館、哲学科1名

 

以上、9名分の小銃購入費として、総額81シクレを哲学科研究生エマニュエル・シリトー君に渡すこと。

 

レイノルズ准教授はそのメモを一読し、ポケットにしまうと、研究者寮b館に向かって歩き出す。