tête-à-tête 18

1900年、ホワイト・ヘイヴン市内の魚料理店。シリル・レイノルズと友人のマーカスが早めの夕食をとっている。テーブルの上には、ふたりが既に食べ散らかした蟹と海老の殻が山のように積み上げられている。シリルはシャンパンをひと口すすって、マーカスに言った。

『食え。好きなだけ食っていいぞ。今日は記念日なんだからな』

マーカスは塩茹でされた蟹の身にしゃぶりつきながら、笑顔で答える。

『うん!そうさせてもらうよ、悪いなシリル』

『謝ることはねえよ。特別な日なんだ』

『予約入れてくれてありがとな』

マーカスは満面の笑みで十数本めの蟹に食らいつく。シリルはまんざらでもない様子で、マーカスの喜ぶ姿を眺めている。

『いらっしゃいませ』

ひとりの男性客が店に入ってきた。黒の山高帽に黒のロングコート、真っ白なワイシャツ姿のその男性は、会計カウンター脇に立つウェイトレスに名前を告げる。

『予約を入れておいた者です。レイノルズ、マーティン・レイノルズと申します』

『レイノルズ様ですね。はい、確かにご予約承っております。お席はこちらでございます』

『ありがとう』

レイノルズは笑顔で礼を言うと、ウェイトレスに誘導され、窓際のふたり掛けのテーブルへ向かう。今日は曇り空だから、窓際でもまぶしい陽の光にさらされることもなく、落ち着いて食事がとれそうだ。それにこの時間はお客もまだ少ないしーーーそんなふうにマーティンは考えながら腰を下ろした。

ウェイトレスがナイフとフォークをテーブルに置こうとした瞬間、ウェイターがやって来て、4人掛けテーブルの予約キャンセルが入ったとウェイトレスに伝えた。ウェイトレスはうなずくと、素早くマーティンに向き直り、より広いテーブルが空いたことを伝えようとする。が、その動きが素早過ぎたせいか、右手に握っていたナイフとフォークを振り落としてしまう。ナイフはテーブルの上にぽとりと転がり落ちたものの、フォークは勢いよく回転し、音を立ててマーティンの席の奥の方へ飛んでいってしまった。

『申し訳ございませんレイノルズ様!』

床に落ちるフォークの金属音とウェイトレスの声が、店内に響いた。対角線上のテーブルでマーカスと食事をしていたシリルは、反射的に顔を上げ、ウェイトレスの声のするほうを見る。そして窓際の席にいる黒髪の男性のほうに視線を移した。

マーティンはすぐさまフォークを拾おうとして身をかがめるが、ウェイトレスが即座にそれを制止する。

『今すぐ替えのナイフとフォークをお持ちしますので、そのままで結構です』

ウェイトレスは深く頭を下げ、厨房へと急ぐ。シリルはウェイトレスが戻ってくるまでのあいだ、マーティンのほうをじっと見つめている。直前まで海老の殻をむいていたシリルの手が止まったのを見て、マーカスはたずねた。

『どうした?もう腹いっぱい?』

シリルはハッと我に返った様子で、慌てて答えた。

『いや。ああ。殻で少し、指先切っちまったみたいで』

『大丈夫か?どれ』

マーカスはシリルの手を見ようとするも、シリルは静かに手を引っ込めた。

『大丈夫だ、気にしないで食え』

その言葉とは裏腹にシリルの目は泳いでいたが、やがて数十秒後には彼はニヤリと意味深げな笑顔を浮かべて、皿の上の海老を食べる作業に戻っていった。