1892年冬、ホワイト・ヘイヴン入国審査場。ひとりの男性が50代前半の女性審査官の前に立つ。
『はーい。お名前は?』
『シリル・ジョン・レイノルズ』
『生年月日は?』
『1854年3月18日』
『もとの居住国は?』
『ビレホウル王国』
『あ、あそこね。わかった。それで、黒馬車に乗ったのは、今年の10月23日でオーケー?この日が永住許可証の交付番号になるけど』
『オーケー』
『わかりました。で、黒馬車に乗った理由が?……ああー……』
審査官は憐れむようなため息をついて、うなずく。
『後追いね。37?38?まだお若いのに』
『まあ歳は関係ねえよ』
シリルは帽子を深くかぶったまま答える。
『そうかしらねえ。ええっと、それから、許可証の色は何色がいい?マルつけてないけど』
『ああ。忘れてた。ゴールドってあったっけ』
『うん、ある。じゃあ金にマルつけとくわね』
『どうも』
『あと、ちょーっと聞きにくいことなんだけど、』
女性はメガネを外すと申し訳なさげにシリルを見た。
『後追いしたってことは、先に亡くなった方は既にこちらにいるってことよね』
『そうなるね』
『念のためなんだけど、その方のお名前とご住所、教えてもらえる?』
『ああ、』
シリルはミリタリーコートのポケットから紙切れを取り出して言葉を続けた。
『名前はリディア・ソーントン。それから住所はこれに……ああそう、ポプラ通り38a、ホワイト・ヘイヴン市第6区ってとこ』
『わかった、ありがとう』
審査官は申請書の欄外に追加記入をすると、再びシリルの顔を見てたずねた。
『その方は、ご家族?ご友人?』
『彼女』
『ああ。そうなのね。それで、こちらで結婚する予定は?』
『結婚はしない。だから持参金もなし』
『わかった。で、普通入国すると、どの人にも自動的に住居が提供されるわけだけど、あなたはそのソーントンさんって方と同居する予定?』
『向こうがそれでいいって言うならね』
『そう。その場合、あなたも……えっと、リディアさんも、各自の住居をそのまま持っていていいので。どちらか一方を没収されちゃうとか、そういうのはないから、安心してね』
『わかった。サンキュ。で、市内へ行くのにはやっぱり馬車?』
『それなら心配ない。あそこ、D6ゲートを抜けて審査場の外に出ると、入国者専用の乗り合い馬車が何台も停まっているから。好きなのに乗って。名前さえ告げれば、自宅に連れて行ってくれる』
女性審査官は申請書にハンコを3回押して、大きな声で言った。
『はい、enter!審査お疲れさまでした。それでは次の方、どうぞ!』