tête-à-tête 50

ホワイト・ヘイヴン、シトルリア。酒場『ブラック・マスト』でバーテンダーからマーティンの話を聞いたあと、シリルとマーカスはシトルリア内の市場で買い物をしている。シリルは小さな青リンゴをふたつ買い、片手でお手玉のように宙に投げる。そしてもう片方の腕にはバゲットやチーズが突き出すほどぱんぱんになった紙袋を抱えている。マーカスはシリルの周りを飛び跳ねるようにして彼のあとを追う。

『なになになになになに、え?それってどゆこと、そいつがお前の従兄弟って。お前にそんな身内がいたなんて、俺知らなかったよ』

『俺だって知らんかったわ、そんなん。まさに不意打ち食らった。先越されたわ。ほれ、』

シリルは青リンゴをひとつ、放る。マーカスはリンゴを両手で受け止めると、大きく口を開けてそのまま豪快にかじりついた。

『先越されたって、何。そういう奴にいつか出会うだろうってことは、意識してたわけ?』

『……まあな、何となく来るだろうなと。だから俺としては先にとっちめてやろうと思ってたんだが』

マーカスはニヤニヤ笑った。

『そいつ、教師タイプの落ち着いた男なんだって?リディアはお前よりもそいつと結婚したがるんじゃねえか?』

シリルは握っていたもうひとつのリンゴで、マーカスの頭をチョンと小突いた。

『何ふざけたこと言ってんだよ。俺たちは結婚とか、そういうモンはいらないんだよ。そういうつもりで持参金も用意してこなかったんだしよ』

マーカスはにやついた顔で青リンゴをがつがつ頬張りながら、お返しにシリルの腕を小突く。

『わっかんないぞお、そんなの。あいつ、意外と心のなかでは、結婚ってものに憧れてるんじゃないか?ああ婚約指輪とか結婚指輪ってステキ、あたし夢見ちゃうわあー、みたいな?』

『アホかお前は』

シリルはマーカスの巻き髪をくしゃくしゃに掻き乱して笑った。

 

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その日の夜。シリルの寝室。ベッドの上で仰向けになり、シリルはひとり物思いにふけっている。するとリディアがドアの向こうから顔を出した。

『コンコンコン。よろしいですか』

シリルはリディアのほうを見た。

『どうぞ』

リディアはととととっと駆け寄ってくると、風船のように膨らんだ柔らかなレースの白パジャマ姿でベッドに上がる。そしてシリルの目の前で正座して、彼にたずねた。

『ねえ。今日バーテンダーさんが言ってたこと。あの男の人って、ほんとにあなたの従兄弟なの?』

シリルはリディアの頭に手を伸ばして撫でる。

『俺も初耳だよ。負けた』

『負けたって、何に?』

『いや、別に』

シリルはリディアのほうに寝返りを打って、リディアの腕を掴む。リディアはシリルの隣にごろんと寝転がると、ふざけて言った。

『私その人の顔、実はちゃんと見てなかったのね。ほら、居酒屋であなたがその人のこと介抱してたとき』

『うん。で?』

『もしかするとね、もしその人が美男子だったらね、私、ひょっとしたら好きになっちゃうかも!』

そう言うとリディアはくすくすきゃっきゃと笑い出し、シリルにくっついて脚をバタバタさせた。

『アホかお前も』

『お前も、って?』

『さあな。まあいい、お前今日もこっちの部屋で寝とけ。これ以上あいつのことを美男子だ何だとほざいたら、お前のこと食ってやる』

『ひゃあ』

『おやすみ。俺ちょっと水飲んでくるわ』

 

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十数分後。リディアが眠ったのを見計らうと、シリルは音を立てぬよう気遣いながら階下へと向かい、玄関前のハンガーに掛けてあったミリタリーコートを羽織ると、静かにドアを開けて深夜の通りへと出て行く。そしてわずか1、2分ほど歩いたところにある、とある小さな宝石店の前で止まった。

 

シリルは店のショーウインドウに置かれている、飾り気のない質素な幾つかの指輪を見て回った。ぼんやりとした薄暗い街灯のもとでははっきりとは見えないものの、一生手の届かぬ代物ではなさそうだった。シリルはガラス窓に手を当て、そのまましばらくじっと指輪を見つめたあと、静かに元来た道を戻ってリディアのいる家へ帰っていった。