tête-à-tête 53

『いや、いいよ、僕、夕方前には子どもたちを送っていかなきゃいけないから』

ホワイト・ヘイヴン市内、マーティンの自宅近くの空き地。シリルが差し出したウイスキーをマーティンは丁重に断る。シリルはつまらなそうな顔で瓶の蓋を開け、代わりに自分でらっぱ飲みをする。

以前レストランで見かけたときも、先日酒場『ブラック・マスト』で出会ったときも、マーティンはシリルの外見を真正面から捉えていなかった。ブラック・マストなんて問題外だ、マーティンは心のなかでひとりごちた。暗闇のなかで、しかも騒音と煙草の煙とアルコールのにおいとで偏頭痛発作を起こした人間が、心穏やかに人間観察なんかしていられるわけがない。いいんだ、あのときは僕なりにベストを尽くしたんだから、許して進ぜよう。そう自分に言い聞かせながらマーティンはシリルを観察した。

従兄弟とは言うものの所詮は従兄弟で、外見は随分違うものだと、マーティンは思った。シリルの顔は血色が悪く、青い目だけが鋭く際立っている。体全体も痩せていて、背丈はマーティンよりもいくぶん低く、恐らく175、6センチくらい。ウイスキーの瓶を持つ手も痩せてカサカサしていて、いくつかの指の第2関節にはかさぶたのようなものが盛り上がっていた。マーティン自身のふっくらとした手指と頬とはまるで大違いで、何だかワシやタカのような飢えた猛禽類の印象を受けた。

『どうした、俺の顔になんか着いてるか?』

シリルは手の甲で口を拭うと、怪訝な目つきでマーティンに聞く。マーティンは即座に首を横に振って謝った。

『いや。こうしてきちんと顔を見るのは初めてだなと思って。ゴメン、ついジロジロと』

『従兄弟と言えども自分にはこれっぽっちも似てねえな、ってか?』

マーティンは驚いた。自分の意見を言い当てられたことよりも、ふたりが従兄弟であるとシリル自身が知っていたことに驚いた。それでマーティンは『ブラック・マスト』のバーテンダーのことを思い出した。

『もしかして、ブラック・マストのバーテンダーの人に言われた?マーティンっていう従兄弟が来たぞって』

『ああ』

『言わなくてもいいって言ったのに!』

シリルは笑った。 

『バーテンだからな。わからなくもない。店では聞き役に徹するんだろうが、その反動で普段はぺちゃくちゃやりたがるのかもしれん。もともとノリの軽い奴だしな、あいつは。しかもあいつ、お前に俺たちの家の住所まで教えたんだろ?』

『うん』

マーティンは少しばかりバーテンダーにがっかりした様子で答えた。シリルはマーティンを、同い年の従兄弟というよりは弟のように感じた。

『それでお前、俺たちの家を見に来たことあるか?』

マーティンは正直にうなずいた。

『すぐに帰ったけどね。それ以上、偵察みたいなことしたくなかったし。あの、それよりも、恋人の女性は元気にしてる?』

シリルはわざとギロリとマーティンを睨みつけた。

『何だよ。俺の女が気になるのかよ』

『そういうんじゃないよ。酒場でちらっと見かけただけだし』

『リディア、あいつ、お前のことで言ってたぜ、もし美男子だったらアタシその人のこと好きになっちゃうかも!って』

『リディアさんって言うんだ』

『お前ら全員、揃いも揃ってアホ同士だからな、もう赦すわ。好きにやってろ』

シリルは2本目の煙草に火を着けた。ふたりから5、6メートル離れたところで凧揚げをしていたふたりの男の子が、大声でマーティンに言った。

『おじさん、少しはこっちも見てよ!ほら、こんなに高いとこまで上がったんだから!』

マーティンはふたりに同じように大声で呼び掛けた。

『お兄さんはおじさんじゃないから、そっちへは行かない!』

ふたりの男の子はこぞってはやし立てた。

『だっておじさんはおじさんじゃーん』

『しょうがないなあ、もう』

マーティンは呆れ顔で笑った。シリルは煙草の煙を強く吸い込むと、マーティンに言った。

『俺はもう帰るから、ガキと遊んでやれ。だいたい、俺みたいなのがそばにいたら、教育上よろしくない』

シリルはこの日初めて、自分の首に巻いた赤いスカーフとブローチとを指差した。マーティンは好奇心とわずかな恐怖心からたずねた。

『もしかしてあの、拳銃とか』

シリルは首を横に振って両手を挙げ、着ていたミリタリーコートの内側を見せた。

『ホルスターも着けてない。ここしばらく、そういう用事は一切ないし、加担もしてない』

マーティンは内心ホッと胸をなで下ろした。シリルはマーティンの顔に現れたわずかな安堵の表情を見て取ると、冗談混じりで別れの挨拶をした。

『まあ、万が一お前とリディアがくっついた日には、遠慮なくお前のアタマを一発で撃ち抜いてやるけどな。それまでは当分のあいだ、弾は込めないでおくわ。それじゃ、また酒場ででも会おう』