tête-à-tête 60

1877年、ビレホウル王国、首都スキャルケイル。クリスマスの夜。マーティンとレイチェルは、レイチェルの親族との会食のあと、店を出てふたりきりで街頭を歩いている。マーティンは申し訳なさげに話す。

『こういうの、全くの未体験で、全然勝手がわからないものだから。僕の両親、年中行事とかお祝い事とか、ほんとに全然やらない人たちで』

レイチェルはマーティンが何となくかわいそうで、彼の腕に自分の腕を回して、首を横に振った。

『私や私の家族はそんなこと全然、気にしてない。それよりも、それじゃあいくら何でもキツいわよね、だって勉強ばっかりで楽しいこと奪われっ放しじゃない』

マーティンはレイチェルの意見を素直に認め、静かにうなずいた。

『これ、今まであんまり、…いや、誰にも言いたくなかったんだけど』

『うん?』

『僕はちょっと、うん、寂しかったかな』

するとレイチェルは微笑んで立ち止まった。

『じゃあ、これからは私が楽しいことを教えてあげましょう。まずは手始めに、こういうのはどう?』

そう言うとレイチェルは両人差し指で口角を思いっきり引っ張り、ギョロ目であっかんべぇをしてみせた。それから街灯の下へ行くと、両手のひらで額や頬をぐいぐい押して、潰れたパンのようにおかしな顔を作ってみせた。

『ちょっとレイチェルさん!綺麗な顔してるんだから、そんなことしないでよ』

マーティンは笑った。

『あら、そう?じゃあ代わりに、美男子にやってもらわないと』

レイチェルは笑ってそう言うと、マーティンを街灯の下に立たせ、両手でマーティンの顔をぐちゃぐちゃに潰した。そしてけらけら笑いを止められないまま、マーティンを強く抱き締めた。

『これからは私と一緒に、面白いこと沢山しましょう。そうだなあ、ピクニックでも、キノコ狩りでも、お絵かきでも、パンを焼くのでも。パン、焼いたことある?』

『ううん、ない』

『パンだねをこねるのって、最高よ。大っ嫌いなヤツの顔を思い浮かべて、えい!こら!ってまな板に打ちつけて、ねじねじこねこねしまくるの。ストレス解消にもってこいなんだから』

 

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ホワイト・ヘイヴン、マーティンの自宅。1901年、1月第1週の終わり。マーティンはベッドの上で何やら絵を描いている。茶色のクレヨンのようなものでデッサンの真似事でもしているのか、時折スケッチブックを自分から遠ざけたりまた近づけたりしながら、ひとり黙々と作業にあたっている。しばらくすると仕上がりに満足したのか、マーティンは笑顔でクレヨンを羽根布団の上に起き、スケッチブックからページを切り取って言った。

『これでよし、と。で、これを額縁に……』

マーティンは枕元のサイドテーブルに置いた古い小さな脚つきの額縁を手に取ると、額縁のサイズに合わせて紙の端を丁寧に千切り、絵を収めた。

そして仕上がった作品を持ってベッドから飛び降りると、1階の台所へ向かい、額縁の脚を立ててテーブルの上に置いてみた。

悪くなかった。テーブルの上にある、硝子の花瓶に差した白いバラの花とそこそこうまくマッチしていた。マーティンは満足げに伸びをすると、休憩がてらコーヒーを淹れる準備を始めた。