tête-à-tête 63

『……そう、それでね、ヘンな木馬が出てきたんだよね、夢の中でってことだけど』

『ゴアスチェル木馬船じゃないか、それ』

『ゴアスチェルって?』

ホワイトヘイヴン、エスター通りのストラストヴィーチェ書店。今日もマーティンはストラストヴィーチェ・ジュニアの代わりに会計カウンターの横の机に陣取っている。机に広げた幾枚かの便箋から1枚を抜くと、それで紙飛行機を折って天井に向かって飛ばしてみる。クリーム色の便箋飛行機はシャンデリアに激突すると、ひょろりと情けない体でもって床に落ちた。床の掃き掃除をしていたストラストヴィーチェ・ジュニアは、ほうきで紙飛行機を除ける。

『古代ヴィレホウリウス王国時代の神話に出てくる、木馬の形をした船だよ。当時の国王には娘がふたりいたんだが、長女のルルドは敵国エスラン王国の王子に恋をしたんだな。頑ななルルドはやがて父親の怒りを買い、幽閉というか、まあ要は普通に島流しと監禁だな、スレヤ島という領地に追いやられた』

『で、その木馬の船がどうしたの?』

マーティンは懲りもせず2機目の飛行機を折る。

『その船にはな、エスランの王子と彼の双子の弟とが乗っていた。王子は実直な弟を信頼していて、何かあれば力になってもらうべく、ふたりで島に向かうことにした。もちろん、ルルドを助け出すためにな』

『で?で?』

『しかしながら、島に到着する手前で、ゴルコーンスという巨大な海の獣に襲われて、木馬船はバラバラに壊れてしまう。エスランの王子は海に投げ出され、溺死する』

『それで終わり?』

『いや。生き残った双子の弟なんだが、実はこいつも王女ルルドに恋心を抱いていて、陰で兄とルルドの仲を嫉妬していた。それで彼は海に投げ出された実の兄を助けることもなく、ひとり岸まで泳ぎきり、ルルドが閉じ込められていた城に潜入し、ルルドを助け出すんだ。ルルドは幽閉と監視によるストレスで視力と聴力とに異常をきたしていたから、双子の見分けがつかず、そのまま弟に助け出され、国を棄ててエスランに亡命し、彼と結婚した』

『お兄さん、存在意義あったのかねえ?』

マーティンは紙飛行機を店のショーウインドウ目がけて飛ばす。ストラストヴィーチェ・ジュニアはその肥えた体にもかかわらず、瞬時に紙飛行機をつかまえて握り潰してみせた。

『あ』

マーティンは口を尖らせて抗議の表情を見せる。ジュニア親父は紙飛行機をふたつともくず入れに放る。

『まあ、実の双子の弟に恋人を寝取られたっていう、オチとしてはその程度の神話だな』 

『ふーん、』

マーティンは便箋の横に置いておいた封筒を手に取り、宛名を書くと、したためた手紙を収めて糊で封をした。

『何の教訓があるのかすらわからない話だね』

『まあ、寝取るのも寝取られるのも不幸のもとだからやめときましょうってことか。俺もよう知らん。夢に出てきたくらいだから、妖魔、お前も気をつけとけ』

『ええーっ?僕、寝取られて困るような恋人や奥さんは、こっちにはいないよ?』

『お前が寝取る側になるかもしれんから気をつけろってことだよ』

『はあ?!馬鹿馬鹿しい。僕はレイチェルだけだよ、こうして死んでも彼女一筋!僕、これから手紙出しに行くから、親父さんまた来週ね』

マーティンは封筒を引っつかむと、ベージュのコートを羽織り、ジュニア親父に向かって大きくあかんべぇをして店を出て行った。親父は手を振って叫んだ。

『おう、またな妖魔。店番しに来るなら毎週でも歓迎だ。ただし、店を乗っ取るなよ。それこそ一夜にして寝取られたら困る。万が一お前に店を継がせたくなったら、そのときは俺から言うわ』

マーティンは振り向いて、笑顔で手を振った。