tête-à-tête 66

ホワイト・ヘイヴン市役所。1901年1月10日。マーティンは1階奥の住宅課でぶらぶらしている。それを見た窓口の女性がマーティンに声をかける。

『何かご相談でも?』

マーティンは笑顔で振り向いた。

『えっと。今すぐにってことではないんですけど』

『よろしければお話お伺いいたします』

『ほんと?じゃ少しだけ』

40代半ばくらいの女性職員は窓口から出てくると、相談専用のテーブルに筆記用具を置き、マーティンに腰掛けるよう促す。マーティンが黒のベレー帽を脱いで席につくと、女性は微笑んで言った。

『芸術家さん?』

『?』

『素敵なお帽子被っていらっしゃるから』

マーティンは思わず大笑いした。

『いえいえまさか。もともとは学者です。それも退屈極まりない哲学教授』

『それはそれは失礼いたしました。学者さんでしたか。それで、今日はどのような件で?』

『うん。予定は未定、なんですが。以前の奥さんとこちらでまた一緒になるとしたら、家はどうなるのかなあって、ふと思いまして』

『ああなるほど、』

女性職員はメモ用紙にサラサラと相談内容を書き込みながら、明るく答える。

『似たような質問をされる方、実は大勢いらっしゃいます。これまで見た限りでは、まず最初はご夫婦のどちらかの家で同居されるケースがほとんどですね』

『広さ的にはどうなんでしょう?どの家も普通にふたりで住める?』

『はい。お客様の……えっと、お名前お伺いしても?』

『マーティンです』

『ありがとうございます。マーティンさんのご自宅もそうだと思うのですが、キッチンは狭いんですけれども、2階には寝室がふたつおありだと思うんです』

『ええ、確かに。今は片方の部屋を物置程度にしか使ってないけど』

マーティンは画材やら古い辞典、それから着なくなって寄付に回すつもりで一時保管してある衣類など、がらくためいた物のために用いている部屋のことを思い出した。

『単身でホワイト・ヘイヴンに来られた方は全員、ほぼ同じ間取りの戸建てを支給されているんです。最低ふたりは住める広さの物件ですね。それで、最初はご夫婦のどちらかのお家で、というのが大半です。どちらかの家を使わなくなっても、没収されることはありません。あるいは、初婚・再婚に関係なく、初めからそれぞれの家で別居という方々もいらっしゃいます』

マーティンは別居という単語を聞いて、何となくイヤな気分になった。自分の両親は決して仲睦まじくなかった。それで母親が実家に帰ってしまったり、母方の祖父の別荘にひきこもってしまうことがたびたびだったから。マーティンは気を取り直して質問した。

『もし手狭だなと思ったら、別のどこかへ引っ越すこともできます?』

女性職員は笑顔でうなずいた。

『もちろんです。私どもが物件の紹介をさせていただきます。それと、マーティンさんは再婚を希望されているということでよろしいのかしら?』

マーティンは少しだけ顔を赤らめて答えた。

『はい、今のところは僕ひとりが勝手にそう思っているだけなのだけど……』

『わかりました。ちょっと失礼、』

女性職員はそう言うと、窓口カウンターの上にあるカゴから何か小冊子のようなものを一部取ってきて、テーブルに戻る。そして小冊子をマーティンの前に置くと、表紙をめくって説明し始めた。

『こちらは婚姻関連の手引きとなっております。マーティンさんは再婚ということなので、持参金については負担はゼロとなりますので、ご安心ください。将来、こちらに永住される奥さまに必要な手続きも、一部こちらに記載されていますので、どうぞお持ち帰りください』