tête-à-tête 73

ホワイト・ヘイヴン市内のシリルとリディアの家。シリルがマーカスを連れてマーティンに会いに行ってから数日後の夜。リディアは自分の部屋のベッドに腰掛け、テーブルに飾られたシリルとの記念写真を愛おしげに眺めている。するとシリルが部屋のドアをノックした。

『どうぞ』

リディアは穏やかな口調で答える。シリルは少しばかり気遣わしげな様子で、顔だけ見せた。

『入っても?』

『もちろん』

リディアはベッドを軽くポンポンと叩いて、シリルに隣に座るよう、笑顔で合図をする。シリルは多少安心したのか、顔の表情を緩め、部屋に入る。

『ごめんな。お前の部屋に遊びに来るのって、そんなしょっちゅうなことじゃないから。邪魔だったら言えよ?』

『邪魔だなんて、まさか』

シリルはリディアの隣に座ると、額縁に入った記念写真を眺める。

『初めての写真にしては、悪くないよな』

『そう思うでしょ?でもね、見るたびに思い出しちゃうのがね、』

そこでふたりは顔を見合わせ、示し合わせたように言った。

『黒メガネの仔象!』

リディアは子どものように脚をばたつかせて笑い、言葉を続けた。

『私ね、嬉しいの。記念写真って言うのかそれとも家族写真って呼んだらいいのかわかんないけど、こういうの夢だった、』

リディアはシリルの手を握り、しっかりとシリルの目を見て言った。

『ありがとうね、シリル』

シリルは少しだけ顔を赤らめた。そしてほんのしばらくのあいだだけ、目を伏せた。

『どうしたの?』

『いや。ちょっとさ。迷惑だったら、断ってくれていいんだけど』

『?』

『今日はこっちで一緒に寝てもいいかな』

リディアはふざけてシリルの肩をぱんぱん叩き、彼の声と口調とを真似て言った。

『なんだ、そんなことかよ。いいよ、全然』

『良かった。それでもうひとつ、お願いがあるんだ。絵本の読み聞かせ、してくれないか?』

 

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『……そこで木こりのジョルジュさんは、青いきのこと赤いきのこを地面から引き抜いて、カゴに入れました』

深夜0時19分。リディアは大きな羽根枕に背をもたせかけ、絵本を読んでいる。その隣ではシリルが彼女のほうに顔を向け、布団に横たわっている。

『ジョルジュさんは言いました、【ほうほう、これはこれは大きなきのこだわい、家に着いたらさっそく料理して、スープにしよう】』

『木こりのジョルジュさんはとても嬉しそうに、歌を歌いながら森を出て行きました。けれどもジョルジュさんはちっとも知らなかったのです、青いきのこを食べると体がぐんと大きくなって、赤いきのこを食べると体がうんと小さくなってしまうことを!』

リディアは絵本のページをめくった。そしてふとシリルのほうに目をやったとき、彼の頬を涙が伝っているのを見た。

シリルは自分の右手を、ページを繰るリディアの右手へと伸ばした。彼の右親指には、爪先から付け根の部分まで、ごくうっすらとヤケドの痕があった。子どもの頃、母親が調理のため熱湯を入れておいた深皿を、シリルが誤ってひっくり返してしまい、親指全体に熱湯をかぶってしまったためだった。しかも母親は夫のジョンから受けていた暴力のせいで心が麻痺しており、自分の息子が怪我を負っても病院へ連れて行くことすら思い至らなくなっていた。それでシリルの右手には、今でこそごく薄くはなったものの、一生の傷が残ってしまった。

リディアはシリルの手を取って言った。

『泣かないで』

シリルはリディアの手を握り返した。するとリディアはさえずるように優しく言った。

『嘘よ。そんなのウ、ソ。シリル王子さまシリル王子さま、どうか私の前では思いっきり、泣いてくださいな』

シリルは堰を切ったように泣きじゃくり出した。リディアは絵本を脇に置くと、両手でヤケドの痕をそっと包むようにしておまじないを唱えた。

『痛いの痛いの、飛んで行けー!』

シリルはつい、涙と笑いとがごちゃ混ぜになり、顔を真っ赤にして咳き込んだ。リディアは布団に入ってシリルの隣で横になり、額に口づけた。

『王子さま、今宵はゆっくり、こちらでお休みください。私が一晩中、お守りいたします。魔物や妖怪が来ても、私がこてんぱんにしてみせますから、どうかご安心くださいませ』

シリルは涙を拭って笑った。

『それでお前はちゃっかり明日まる1日、眠り姫になるつもりだな?仕方ない、俺がまたいつもどおり、飯を用意しておくよ』

『よくわかっていらっしゃる、さすがは私の王子さま!』

そう言うとリディアは静かにベッドサイドの灯りを消し、布団のなかでシリルの右手を強く握り締めた。