tête-à-tête 74

『え?僕が店主?』

『この前言ったじゃないか。万が一店を譲りたくなったら、こっちから言うって』

ホワイト・ヘイヴン、エスター通りのストラストヴィーチェ書店。マーティンが会計カウンターの隣の机で、持参した手作りの揚げサツマイモをつまんでいる最中に、店主のストラストヴィーチェ・ジュニアは思いもよらぬ話を切り出した。書棚整理を終えたストラストヴィーチェ親父は脚立を降りて机の上のサツマイモに手を伸ばすも、マーティンにピシャリとひっぱたかれる。

『何だよ。少しくらい、いいじゃないかよ』

親父は口を尖らせた。それに対してマーティンは取りすました顔で言う。

『ダメです。高脂肪、なおかつ炭水化物の塊ですから。ダイエットの妨げになります』

『……ちっきしょー。そもそもいったい、なんで、なーんでお前はひとりでそれだけ食ってて太らないんだ?』

ジュニアは包みのなかの山盛りのイモを恨めしそうに眺める。マーティンはイモのかけらを口に運ぶと、いかにも優雅な手つきで胸ポケットからハンカチを取り出し、油と塩で汚れた指先を拭いた。

『それはそうと、どうしてリタイアなんかするの?親父さん、まだまだ若いじゃない』

『まあな、第2、第3の人生ってことで、

やりたいことが見つかったんだよ』

『やりたいことって?』

『ま、お前には笑われるだろうよ』

『笑わないよ別に』

『大学進学だ、この歳でな』

マーティンは目を輝かせて身を乗り出した。

『大学進学ぅ?!』

ストラストヴィーチェ・ジュニアは腰に手を当て、『えっへん』と言わんばかりに胸を反らせた。そしてその勢いでどさくさまぎれにサツマイモを再度狙ってみたが、やはりマーティンに手の甲をひっぱたかれた。

『で?専攻は?』

『地質学だ。もとは考古学のほうに関心があったんだがな。それでまあ、とりあえず4年、やってみるかと』

『4年間だけだったら、なにもリタイアしなくたって。せっかく長いことここの看板、背負ってきたんだし……』

マーティンはビレホウル王国にいた頃の、学生時代の自分を思い出した。ストラストヴィーチェ書店を初めて冷やかしに行ったのは、確か大学1年生の春だった。……それからしばらく年月が経って、レイチェルと出会って、彼女を書店へ連れて行って、ふたりで屋台の揚げ芋を食べながら散歩をして……突然、いろいろな記憶が走馬灯のように巡ってきた。マーティンは過去に思いを馳せながら、なぜ今ストラストヴィーチェがわざわざ引退しなければならないのか、答えを待った。親父はさして思い詰めた様子もなく、むしろさばさばと、何か吹っ切れた様子で言った。

『なあに、やりたいことをやろうと決めたまでさ。かと言って、別にこの店に関わるのが【嫌】になったというわけじゃない。一度にふたつみっつのことはしたくない性分でね。ただそれだけだ』

『でも、僕には店の経営なんて。帳簿付けの仕方も知らないし、買い付けだって知らない。それにストラストヴィーチェ・シニア爺さんはどうするの?僕には面倒見きれないよ。僕自身、知り合いから子どもたちの面倒を頼まれてて、……僕みたいな不器用な人間には、正直とても無理というものだよ』

マーティンは全く自信なげに小さく縮こまった。ストラストヴィーチェ親父はその隙に、サツマイモをひとつくすねることに見事成功した。親父はモソモソとイモを食べながらマーティンにたずねる。

『この店、継ぎたくないってか』

『いやいや、そういうことじゃなくって!嫌なんじゃなくて、僕にはそんな力量、ないってこと』

『帳簿やら何やらだったら、んなの俺が教えるわ。俺が2階の台所の火の始末さえしっかりしときゃ、ウチの呆け爺さんのことも心配ない。なんなら日中、家政婦でも雇うわ』

『家政婦でもって。そこまで親父さんに金銭的負担をかけてまでして、僕がこの店を仕切る必要あるの?』

『知り合いの子どもたちの面倒を見るんなら、ここに連れてきて遊ばせたらどうだ?そうだ、せっかくだから絵本のコーナーを設けてもいいぞ?ここは古書店だけど新刊も……』

マーティンは話が勝手にとんとん拍子で進みそうなことに焦ってしまい、ついストラストヴィーチェの言葉を遮った。

『ごめん親父さん、ちょっと考えさせて。あまりに突然のことで、僕、全くイメージが。1、2週間、時間くれる?いずれにしても今の今、僕にはその自信はないよ。だから、……も少し、考えさせて』