tête-à-tête 75

1872年、春。スキャルケイル市内にあるヤンセン孤児院。水曜日の午後1時。リディアがシリルの部屋に駆けつける。聞き慣れた足音とノックの音とを聞いて、シリルがドアを開けた。

『どうした。授業は』

『今朝、部屋に警察の人が来たの』

シリルはリディアを部屋に入れると、すぐにドアを閉めた。部屋に入るなり、ベッドの上に置かれた旅行鞄といつものミリタリーコートがリディアの目に留まった。おかしい。机の上にも、ベッド脇の棚にも、何もない。半開きにされたクローゼットも、がらんどうのようだった。

『何してるの』

『警察が来たのか』

『シリルこれ、何してるの』

『ごめん。今すぐ寮に戻ってくれ。今日は夜までいてくれても、無事に送り届けることができない。それから、』

シリルはリディアの両肩を掴んで言った。

『警察に俺のことを訊かれても、知らないと言え。いいな?』

『シリルもしかして』

『いいな?俺という人間とは面識ひとつないんだって、ただそう答えろ』

『無理だよそんなの、ここの院長先生だって、寮のあの門番のオジサンだって、私たちのこと知ってるじゃない』

シリルは突然、リディアを怒鳴りつけた。

『いいから黙って俺の言うことを聞いてくれ!もう俺に関わるな、早く寮へ帰れ』

追い返そうとするシリルの腕に、リディアは力ずくでしがみついた。

『あなたでしょ、あなたなんでしょ、殺してくれたの』

シリルはリディアの体には一切手を触れず、そのまま身を固くして立ち尽くしている。シリルは小さな声でリディアに言った。

『……クローゼットの中に、拳銃とスカーフが入ってる。俺が刑務所にいるあいだ、預かっててもらえるか』

リディアはシリルにますます必死に抱きつき、涙声でシリルの腕を揺さぶった。

『ねえ。ねえ。あの人だったら、もういないんだから。門番のオジサンだって、もう関係ないんだから。だから、行っちゃうんなら、あなただったら私、今ここで何されても構わないから』

『自分を安売りするのはもうやめなさい!!』

『違う、そうじゃない、あなたのことが好きだから言ってるの!これから先、会えなくなるなら、これがもし最後なら』

シリルはリディアをきつく抱き締めた。そして耳元で再度、頼み事を伝えた。

『拳銃とスカーフ、お前に任せてもいいな?それから、俺が戻ってくるまでは、俺のことなんて一切知らないと、シラをきり通せ』

リディアの体は小さく震えだした。シリルはリディアの頭を抱き、念を押した。

『いいな?できるな?』

リディアは観念してうなずいた。するとシリルはクローゼットへ向かい、袋に収めておいた小銃とスカーフ、それからブローチをリディアに手渡した。

『卒業したら一緒に暮らそうと言ったのは俺なのに、こんなことになって、ごめん。必ず、戻ってくる。そのときもし、お前さえいいって言ってくれるなら、一緒になろう』

そう言うと、シリルはもう一度リディアを抱き締め、口づけた。そしてベッドの上の旅行鞄とコートを掴むと、リディアに最後の指示を出した。

『俺が先に出る。お前は数分、間を置いてから出ろ。今日のことは、すべて忘れるんだ。ここに来たことすら忘れて、何事もなかったように振る舞うんだ。お前には逃げ切ってほしい、お前には何の罪もないんだから』