tête-à-tête 76

ビレホウル王国の首都、スキャルケイル。1901年1月18日。レイチェル・ニールセンは亡き父親の邸宅の主寝室にいる。彼女は暖炉のマントルピースの上に置かれた小箱を開けると、翡翠の指輪をそっと取り出し、微笑みながら左薬指にはめてみる。

『ほんっとあの人ってば今頃、いったいどこで何をしてるのかしらね?』

レイチェルはあれこれ想像しては、ひとりでにんまり笑う。

『馬の飼育係をしていないことだけは確かね、ふふ。でもまあ、好きなことを思いっきりやってもらわなきゃ。あの人、見た目とは裏腹に、実はいーっつも自信なくて、どう思う?どう思う?って、私に聞いてばかりいたもの』

 

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ホワイト・ヘイヴン市内のマーティンの家。1901年1月18日、午後1時。マーティンは食堂のテーブルに座り、テーブルの上に置かれた額縁入りのデッサン画をぼんやり眺め、ほうっとひとつ溜め息をついた。

『あーあ、困るんだよね、』

マーティンは頬杖をついて、デッサン画に話しかけてみる。

『誰に相談してみてもさ、最終的には君に聞いてみないと、僕は何ひとつ安心して決断することができないような気がするんだよ。何でもホイホイ、ひとりで決めそうな男に見えるかもしれないけどさ』

当たり前だかデッサン画は答えてくれない。マーティンは口をすぼめて拗ねてみせた。

『ちぇ。つまり自分で考えろってこと?じゃあさ、僕が晴れて一人前の店主になったら、会いに来てくれない?それなら僕、やってみるけど……』

 

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同じ日の午後3時。マーティンはシトルシアの喫茶店にいる。店主のマクシミリアンは興味津々な様子でマーティンにたずねる。

『古本屋の店主ですか!いいじゃないですか。マーティンさんはもともと学者さんなのだし、本に囲まれる姿が容易に想像できます。適職、というか、ズバリもう【お似合い】ですよ』

『いやあ……、雰囲気に飲まれちゃダメですってば。僕はマクシミリアンさんや書店の親父さんと違って、お金、つまり経営のことはさっぱりわからないんだもの』

『ここはホワイト・ヘイヴンですから、心配いりませんよ。稼げなくても生活できるようにできてますから』

『そういうことは、いつだったか親父さんにも近所の人にも言われたことがあるよ。ここは心配事は一切無用の街で、楽しんだ者勝ちだぞって』

『ええ、そういうふうにできてるんです、ここは』

マクシミリアンは笑顔で3杯目のコーヒーを出す。マーティンはマクシミリアンを見て言った。

『ん?3杯目は頼んでないけど?』

『この1杯は私からのお礼と特別サービスです。子どもたちがいつもお世話になっていますから』

『……ありがとう。そうそう、そうなんだよ、僕が本屋を継ぐとなると、毎週子どもたちの相手をするってのが、できなくなるかもしれないんだよ。ストラストヴィーチェの親父さんはね、店に子どもたちを連れてきて遊ばせても全く構わないって言ってるんだけど。なんなら絵本のコーナーでも設けろとまで言ってる。あの人のアタマのなかでは、もうすべてがイメージされちゃってるみたい。最後に僕を会計脇に座らせれば準備完了!みたいな』

マーティンは困惑した様子でブラックコーヒーをひとくちすする。そして案の定、テーブルの上の瓶に入った砂糖をスプーンで山ほどすくい、2杯、3杯、4杯とコーヒーに入れた。マクシミリアンはにこにこ顔でマーティンに助言した。

『ほら、もうお膳立てができているではないですか。マーティンさんのために、すべてがうまく整ってるんですから、思いきってここで乗り込まない手はないです。私もねマーティンさん、この店、もう少し続けてみることにしたんですよ』

マーティンはマクシミリアンからのありがたい知らせに、つい興奮した。

『ほんと?!……てことは、お隣の【ブラック・マスト】…というか、アヴァリエ絡みの物騒な事件が減ってるってこと?』

『ええ。不思議なんですけども、ここひと月のうちにめっきり減りました。まだ油断はできませんけども。どうなんでしょう、時代の流れ、なんでしょうかね?不満分子自体が減ってきているのかもしれません。今後も気をつけるに越したことはないですけどね』