tête-à-tête 77

1872年、春。シリルが捕まってからおよそ2週間後の、木曜午後6時。ビレホウル王国の首都スキャルケイルにある、イステル第2女子高等学校の寮の正門。授業を終えたリディアが門に向かって歩いている。数メートル後ろには4、5人の女の子のグループがいて、クスクスニヤニヤ笑いながらリディアのあとをつけている。

正門の前にはいつもと同じ門番が立っていた。彼はリディアの姿を見るなり、下を向いた。リディアも黙って門へと近づいていく。けれども門番のそばを通り過ぎようとしたその瞬間、突然後ろから何者かによって突き飛ばされた。リディアは地面に膝をついて転んだ。学生鞄もリディアの転んだ場所から数十センチ前方に飛ばされ、中から教科書や筆記用具、櫛が飛び出した。そしてその櫛を踏みつける足があった。リディアがその足もとを見上げると、あとをつけてきた女の子たちが笑って彼女を見下ろしていた。

『あーらごめんなさい、間違えて踏んじゃった』

背の高い金髪の女の子が、鼻で笑ってリディアに言った。どうやらその子は、グループのなかでもリーダー格のようだった。そばで見ていた他の女の子たちは、一様にクスクスと笑う。そのうちのひとりが続けてリディアに言った。

『ねえ?ちょっと教えてほしいんだけど、』

その子はすぐそばでおどおどはらはらしつつも注意ひとつできない門番に目をやり、それからリディアのほうに視線を戻して言葉を続けた。

『ヘンな噂が流れてるの。あなたとこの守衛のオジサンって、何、つき合ってるの?』

リディアは地面に両手をつき、視線を落としたまま黙っている。櫛に手を伸ばそうとすると、金髪の女の子は櫛を1、2メートル先へ蹴飛ばした。それで女の子たちは全員ワッと笑い出し、一斉にリディアをからかい始めた。

『へー、男好きなんだ、それも学内で、年上のオジサンと?』

『不っ潔!』

『え、でもでもこの子ってさ、一度に何人もの男の子とつき合ってたっていう噂も以前からあったよ?』

『えーっ』

『じゃあ、相手が誰でもお構いなしに、もう慣れっこなんだそういうの』

『やだここ、お嬢様学校なんですけどー』

女の子たちは再び一斉に笑った。すると金髪の女の子が、最後にとどめを刺すかのように吐き捨てた。 

『まるであり得ないよね。きったない売女。さ、みんなもう行こ。病気でもうつされたりしたら大変だもの』

女の子たちはげらげら笑いながら、地面に落ちたままのリディアの持ち物を一人ひとり順繰りに足蹴にし、寮の部屋へと立ち去って行く。リディアはただ黙って自分の両手を見つめている。

『あ、あのう、大丈夫?』

女の子の集団が遠くへ去ってから、門番が震える声でたずねた。そしてリディアの腕に手をかけると、あたりを見回し、小声で言った。

『あのさ、君さえ良ければその、また守衛室に来ない?』

そう言うと門番は、起き上がりかけたリディアの腰に手を回した。

『僕の奥さんと子どものことなら心配な……』

リディアは門番を突き飛ばし、地面に落ちた鞄と教科書とを拾って力いっぱいに投げつけた。投げた教科書のうちの1冊が門番の顔に当たり、門番はよろめく。リディアは急いで荷物を掻き集めると、そのまま自分の部屋へと全速力で走り去って行った。