tête-à-tête 79

リディアとシリルの自宅。教会から戻ってきたシリルは【白鳥さん、今日もよい子で】のメロディーに合わせて玄関ベルを鳴らす。これはリディアとふたりで決めたことで、リディアがひとりで家にいるときは、このメロディ以外のベル音には応対しなくていいということにしていた。

『おかえりなさい、』

出迎えたのはリディアだった。もう11時近くだったが、シリルの用意した朝食をとっている最中だったようで、パンの切れ端をくわえている。シリルは素早くパンをくすねてリディアに口づけると、パンをかじりながらミリタリーコートを脱ぐ。

『絵本、置いてきた?』

ふたりは細長い廊下を抜け、台所兼食堂の小さな部屋に入る。リディアはやかんの湯を沸かし直して、シリルに紅茶を淹れる。

『それがさ。教会へ行ってみたんだけども』

『うん?』

『俺、中に入れなかったよ。それで、引き返してきた』

リディアは紅茶の入ったカップをシリルに手渡すと、不思議そうな顔をしてたずねた。

『熱いから気をつけて。……入れなかったっていうのは、時間が早くてまだ開いてなかったってこと?』

シリルは首を横に振った。

『リディア、お前ずっとずっと昔にさ、俺に言ってくれたことがあったよな。……その、……私はキレイじゃないから、大聖堂の敷居はまたげませんって』

リディアは笑顔で言った。 

『汚い子って言ったのよ、私は』

シリルはその言葉を否定した。

『お前が汚いわけないだろ。そうじゃなくて、お前のその、敷居をまたげないって気持ちが、俺にも今回わかったってこと』

リディアは少し驚いたけれど、黙ってシリルの言葉を待った。シリルは自嘲気味に、悲しげな目をして話を続けた。

『暴力ってのはさ。引き継がれるもんだろ、親から子へとさ。だから、俺もこんなふうになっちまって、それであちこちであんなこと、こんなことをしてきてさ』

今度はリディアがシリルの言葉を打ち消す番だった。リディアはカップを持つシリルの手に、自分の手を重ねて言った。

『あなたがもし本当に【こんなふう】だったら、あなたは私のこと大切にしてくれてないし、私もとっくにあなたから逃げてるはずだよ、』

少し疲れた表情の浮かぶシリルの青い目を覗き込み、リディアは微笑んだ。

『いいじゃない、教会なんて行かなくても、行けなくても』

シリルはしばらく間をおいてから小さく溜め息をつくと、リディアの助言にうなずいた。

『そうだな。すまん、凹んじまって。ああそうそう、そういやまた来てるぜ、』

『?』

シリルはズボンの後ろポケットからマーティンの手紙を取り出して、手紙に書いてある古書店の名前と住所を確認した。

『イケメンからだよ。ああ、お前はまだ、直接会ったことはないか。マーカスがイケメンって呼んでる、例の俺の従兄弟』

『イケメンなの』

リディアはわざと気のある振りをする。

『お前もそこで反応するか。お前らこぞって俺に冷たいな。まあいい。従兄弟、……マーティンがさ、知り合いから古本屋を譲り受けることにしたらしいんだよ。それで、店の場所を教えてきてくれた。だからどうだ?お前も俺と一緒に古い絵本持って、あいつに会いに行ってみないか?』