ホワイト・ヘイヴン市内、エスター通り。シリルとリディアは食堂をあとにし、通りを挟んで真向かいにあるストラストヴィーチェ書店へと歩いていく。シリルは古い絵本が数冊入った袋を手に携えている。書店の窓ガラスに近づくと、ガラスに刻まれた白抜きの店名の向こうに、脚立か何かに乗っている男性のスラッとしたふくらはぎが見える。シリルはリディアに笑顔でうなずき、彼女の手を取って店のドアを開けた。
チリリン、とベルが鳴ると、男性は振り向き、訪れたふたりの客を見るなり笑顔で挨拶をした。
『やあ、これはこれは。いらっしゃい!』
シリルは脚立から降りてきた男性と握手を交わして言った。
『連れてきたぜ。マーティン、こちらがリディア。リディア、こいつが例のイケメンだ』
マーティンはリディアに手を差し出す。リディアは痩せた小さな手を静かに前に出し、少しばかりぎこちなく微笑んでマーティンと握手をした。
『初めまして、私、リディアっていいます』
マーティンはおおらかな笑顔でリディアに言った。
『リディアさん、お会いできて光栄です。僕は【馬を走らせたらピカイチの男】って意味では、これっぽっちもイケメンじゃないけどね』
リディアはマーティンのジョークが理解できず、おどおどとしてシリルのほうを見る。シリルはリディアに説明した。
『マーカスがさ。こいつのことイケメン、イケメンってはしゃいでうるさいもんだから。それで俺がイケメンの定義をこいつに教えてやったんだよ。こいつ、落馬してこっちの国に来たから』
『また落馬ネタ』
マーティンはわざとらしくウンザリしてみせる。そして脚立を片づけながらふたりに言った。
『どう?奥の部屋でお茶でも。僕、ひとりで店番する以外に、これといってできる仕事がまだないんだよね。帳簿づけとか買い取りとか。だから基本、暇で』
すると奥の部屋からストラストヴィーチェ・シニアが声をあげた。
『お茶は国内産に限るぞお。輸入もんは、不味くてかなわん』
『お爺さんも一緒に飲ーみまーすかー?』
マーティンは部屋のほうを向いて大きな声でシニアにたずねた。するとシニアは右手を上げてうなずいた。シリルは不思議そうにマーティンにたずねる。
『誰?』
『ここの店主のストラストヴィーチェさんのお父さんでさ。今後は家政婦さんが来てくれて、面倒見てくれることになってる。ま、とりあえず、みんなでお茶しよう』