tête-à-tête 84

『え。いやいや、さっきも言ったけどさ。僕、まだ買い取りなんてわからないから、いいって』

ストラストヴィーチェ書店の会計カウンターの奥にある部屋。マーティン、ストラストヴィーチェ・シニア、それにシリルとリディアが丸いテーブルを囲んで座っている。マーティンはふたりが持参した絵本を、丁重にマーティンに返す。シリルは笑って絵本を突き返した。

『いいんだって。金なんかいらないんだよ。好きに扱ってくれりゃいい。これからも、いらなくなった絵本は持ってくるから。リディアと話し合って決めたことなんだ』

『でも、悪いよ。どこか別のところに寄贈でもしたほうが。図書館だってあるんだし』

『ああ、』

シリルは思い出したように言った。

『それもやってみたんだよ。教会へ持って行こうとした。でも、中に入る勇気がなかった』

リディアはマーティンとシニア爺さんに気づかれないよう、テーブルの下でシリルの左手に自分の右手をそっと重ねる。シリルも黙ってリディアの手を握った。

『確かお前、知り合いの子どもの面倒見てるって言ってたよな』

マーティンはうなずくと、遠慮がちに話を切り出した。

『うん。それでまあ、この店も、子どもたちに親しんでもらえるような雰囲気にしたいとは思ってる。……僕自身、子どもの頃、ほとんど遊んだことがないし、絵本もあんまり。それでちょっとその、今までやってた哲学の世界とかは、捨てることにしたって言うか、うん』

『だったらなおさらじゃんよ。いいじゃん。こうして持ってきたんだし、せっかくだから絵本コーナーでも作れよ』

『ホントにそう思う?』

マーティンは相変わらず自信なげにたずねる。ストラストヴィーチェ・シニアは紅茶をひとくちすすると、皺だらけの手を1冊の絵本に伸ばし、鼻唄を歌いながらぱらぱらとページをめくり始める。

『ああ。将来的にはお前がここの主人になるんだろ?ならお前の好……』

『8プリエじゃな』

『え?』

マーティン、シリル、リディアはシニア爺さんのほうを見た。シニアは老眼鏡を外すと、かさかさの細い指先で愛おしげに絵本の表紙を撫でて言った。

『初版本じゃ。汚れは目立つがな。残念ながら、他の本は値をつけられそうにないが』

そう言うとシニアはズボンのポケットからボロボロの革財布を取り出し、1枚、2枚と数えながら、8プリエ分の硬貨を置いた。

『菓子も買えぬ値段で、申し訳ないのう。持ってけ、おふたりさん』

シリルとリディアは目を見合わせて笑い、シニア爺さんに感謝した。マーティンはティーポットを取って、空になったシニア爺さんのカップに熱い紅茶を注いだ。

『さすがです、お爺さん』

『菓子も買えんがなあ、菓子も。綿菓子ひとつ買うのに、今では12も必要だからのう、困った世の中になったもんじゃ。なあ、母さん?』