tête-à-tête 90

ホワイト・ヘイヴン市内、シリルとリディアの住む家。シリルは自分の部屋のベッドで大の字になってぼんやりしている。伸ばした右手の先には、マーティンから初めてもらった手紙がある。シリルは全身をぐっと伸ばすと、枕元にあるその手紙を掴んで、仰向けのまま読み返し始めた。

 

《シリル、君の話を聞いても理解できない部分が多々あるとは思う。虐待……といっても、僕が受けたのは『会話のない、冷めた家庭』『お金を渡すことだけが愛情表現』といった程度のことだから、君が味わわざるを得なかったたぐいの虐待に共感を示せるかは、未知数です。》

 

便箋を握り締めながら、シリルは寝返りを打った。話していいものだろうか?ヤツを信頼していいのだろうか。いろいろ。

 

横になっていたら眠たくなってきた。夢の世界にウトウトと引き込まれていく途中、シリルはぼやけた風景画が目の前に広がっていくのを見た。それは夕焼け空の下、とある街の川に架かる大きな橋の絵だった。川面に映る太陽は赤く滲み、規則正しくゆらゆらと揺れている。橋の上を自転車で渡る男性がいた。日傘のようなものを差して歩いていく黒いドレス姿の女性もいた。景色のなか、シリルは川の流れをじっくり見ようと一歩足を踏み出したけれど、すっと下に落ちる感覚とともに風景画は消え、あたりは暗くなった。

 

※※※※※※※※※※※※※※※※※※

 

『……きて、』

さほど遠くないところから女性の声が聞こえてきた。シリルはベッドの外に伸ばした自分の左手に誰かが触れているのを感じた。

『……起きてください』

シリルは数度まばたきし、重たいまぶたを開けた。目の前にはベッドの端にひざまずいてシリルの手を取るリディアの姿があった。いつの間にか眠っていたらしい。気だるく横になったままの姿勢で、シリルはリディアにたずねた。

『今……何時?』

リディアは壁の時計を見て、笑って答える。

『もうすぐ夕方の4時』

大きく深呼吸すると、スープのようないい香りがシリルの鼻をくすぐった。重くなった上半身を起こし、目をこする。

『お前も寝てたか……?飯、食ったばかりか?』

リディアは両手で包むようにシリルの手を取り微笑んだ。

『ううん。あのね、私ね。シチュー作れたの。ひとりで台所に立てた』

いまだ寝ぼけまなこのシリルの両肩に腕を伸ばすと、リディアはシリルを軽く抱き、その唇に口づけた。

『お腹空いたら食べて。今日は私、大成功だった。少しは進歩したって、思える。次はあなたと一緒に、もうちょっと食べられるようになること。それが目標』

それを聞くと、シリルは眠そうな顔のまま、リディアの頭を撫でた。

『……よくやった。ありがとな』

リディアは満面の笑顔で勢いよくベッドに上がると、起き上がったばかりのシリルをわざと羽交い締めにして、子どものようにはしゃぎながらシリルを押し倒した。