tête-à-tête 91

1855年9月。ビレホウル王国の首都、スキャルケイルのキール通り。午後3時。ブリジットが婦人服店から紙袋を抱えて出てくる。すると通りの反対側から、乳母車を押す髪の長い女性と背の高い男性がこちらに向かって歩いてくる。ブリジットはふたりが誰であるか気づくなり、手を挙げて軽やかにふたりのもとに歩み寄る。

『ジョン、シボーン』

ブリジットは笑顔でふたりに声をかけた。ジョンはいつものように控えめな笑顔で微笑むと、ブリジットの頬に口づけて挨拶をする。シボーンもブリジットに挨拶をするが、ほとんど笑顔がない。

『買い物?』

シボーンは表情ひとつ変えずにブリジットにたずねた。ブリジットは努めて笑顔で答える。 

『そうなの、スカーフとミトンをね。冬支度。おふたりはシリルちゃんを連れてお散歩中?』

『ええ、まあ』

シボーンは乳母車のなかでおしゃぶりをくわえている息子のシリルに目をやると、うつむき加減のまま気のない様子で答えた。

『シリルちゃん、とってもかわいいわね。おいくちゅになりましたか?』

ブリジットがかがんでシリルに声をかけると、シリルは両腕をばたつかせ、口からおしゃぶりを落とした。おしゃぶりはぽとりと膝掛けの上に落ち、シリルは顔を歪めてぐずり出す。シボーンは慌てた様子でシリルの口におしゃぶりを戻そうとするが、それも間に合わずシリルは大泣きを始めた。

『あらあらシリルちゃん、ごめんなさいね、私が突然話しかけたのが良くなかったのかしら?』

ブリジットは何の気なしに笑顔で言ったが、シボーンは必死になってシリルを泣き止まそうとする。そしてジョンは何も手出しせず、黙ってシボーンの隣に立っている。ジョンは穏やかに微笑んでブリジットに言った。

『申し訳ないね。息子は泣き声が大きくてね』

『元気な証拠。気にしないで。それじゃ私、おふたりの邪魔しちゃいけないから、これで』

『会えて良かったよ。今度、3人で食事でも。なあ、シボーン?』

シボーンはハッと顔を上げてジョンを見る。ふたりのあいだにぎこちない沈黙が漂うのを、ブリジットは見逃さなかった。シボーンは小さな声でボソリと言った。

『……ええ、まあ』

『そうね、是非、3人で。それじゃ私、帰るわね。いつでもお手紙、ちょうだい』

『ああ。必ず書くよ。体に気をつけて』

『おふたりもね』

ジョンは微笑んでうなずくと、しゃがみ込んでいたシボーンを立ち上がらせ、片手で乳母車のハンドルを握った。そして紳士的に会釈をすると、もう片方の腕でシボーンの肩を抱き、乳母車を押しながらブリジットの前を通り過ぎていった。ブリジットも会釈をし、その場を離れて通りを歩いていくが、数メートル行ったところで振り返り、ふたりの後ろ姿を見て独りごちた。

『なぜなの?あなたは私のこと、そんなに気に食わないの?私は確かにジョンが好きだったけど、ジョンはあなたを選んだじゃない。シボーンって、本当に愛想のない人。気疲れしちゃう』