tête-à-tête 92

1874年3月、ビレホウル王国の首都スキャルケイルにある中央刑務所。スカーフで頭を深く覆った白いワンピース姿の小柄な女性が、しずしず刑務所内の面会室へと歩いていく。ここで刑期を務めていた19歳のシリルは、ちょうどその日が20歳の誕生日だった。入所してからこれまで一度もシリルのもとを訪れる人はいなかったが、今日初めて面会の知らせを受け、シリルは間仕切りで区切られた個別のブースに入り、木椅子に腰掛けて待っている。

シリルの両隣には既に面会者と談話中のふたりの受刑者がおり、彼らの隣にもまた別の受刑者がいて面会者と話をしている。要は面会者と1対1で静かに話せるような環境ではなかった。

午後2時45分。面会室のドアが開く。ドアの向こうから現れたのはワンピース姿の女性だった。そして室内にいた看守の男性がシリルに声をかけた。

『レイノルズ、君にお客さんだ』

看守は女性に向かって丁重に頭を下げると、ドア横に立って監視を再開する。女性は遠慮がちにシリルのいるブースへと近づいていく。それぞれのブースでは受刑者と面会者のあいだにも仕切りが設けられており、木枠と金網でできたその仕切りの前に立つと、女性は自分の木椅子を引いて座った。そして腰を落ち着けひと呼吸置くと、おもむろに頭のスカーフを取った。シリルは驚いて叫んだ。

『リディア!』

『……ひとりで来れたの、頑張ったでしょ?』

リディアはスカーフを手で丸め、少し神経質な様子であたりを気遣いながら笑った。周りに人がいたおかげで、シリルの叫び声は看守の耳にまでは届かなかった。シリルは金網に右手を伸ばすと、リディアをなじった。

『来なくていいって、出所するまで俺のことなんか知らないフリをしてろって、俺、あんなに言ったじゃないか!』

リディアは金網越しに、自分の手のひらをシリルの手のひらにくっつける。

『お前がこんなふうに危険を冒してまで来る必要はないんだってば……』

『危険だろうと損しようと後ろ指を指されようと気にしない。あなたに会いたいから来た』

リディアは愛おしげにシリルを見つめて言った。

『元気にしてる……?ここにはあと3年ちょっと?』

シリルは黙ってうなずいた。そしてほんの一瞬ためらったのち、顔を上げ、リディアを真っ直ぐ見て言った。

『こんなこと言うのは、この場にふさわしくないんだろうけど』

『うん?』

シリルは再びうつむき、また顔を上げた。

『俺はお前を抱きたい、』

リディアの右の眉毛がぴくりと動いた。シリルは静かに言葉を続ける。

『なぜって、俺はお前がいないと生きていけないから。意気地のない、みみっちいヤツって思われそうだけど、俺は俺ひとりでは生きていけそうもない、』

シリルはリディアの手のひらを指先で慈しむように撫でた。

『殴る蹴るよりも、俺は愛し愛されるほうを選ぶよ、……幼い頃、あんなふうにしか扱われなかっただけにね』

リディアは優しい笑顔でうなずいた。

『うん。ありがとう。私、これからまた3年ちょっと、待つ。そのときは迎えに来るから』

『お前じゃなくてマーカスが来たりしてな、』

シリルは涙混じりに笑って言った。リディアも笑った。

『とりあえず……4年のあいだ、待っていてほしい。必ず戻ってくる。そのときこそ一緒に暮らそう。お前さえ良ければ、ってことだけど』

『もちろん、イエスだよ。それと、』

『あと5分で終了です、』

看守の声が室内に響いた。リディアは気遣わしげに看守のほうを一度ちらりと見るも、背筋を伸ばしてシリルに向き直って言った。

『何の贈り物もないけれど、お誕生日おめでとう。これからも私、あなたが歳を取るのを

ずっとそばで見ていたい』

リディアはシリルの口真似をして言葉を続けた。

『あなたがそれで良ければ、ってことだけど』