tête-à-tête 104

ホワイト・ヘイヴン市内、マーティンの自宅キッチン。マーティンは淹れたばかりの紅茶をカップに注ぐと、盆にカップと砂糖の入った小さなガラス瓶を置き、食器棚の横に吊した麻袋からレモンをひとつ取る。そしてナイフでレモンを真っ二つに切ると、片方だけ盆に乗せ、2階の寝室へと持って行った。

ベッド脇のテーブルに盆を置くなり、マーティンはベッドに上がって大の字に寝そべった。

『……その方とお話しになるときには、紅茶をご用意されると良いと思います。そして、お客さまご自身の紅茶にはレモンを沢山、沢山絞って、紅茶がまぶしいオレンジ色になるまで、果汁を絞り入れてください。その紅茶は、きっとお客さまのお役に立つと思いますよ』

マーティンはホワイト・ヘイヴンに移住直後、砂糖を買おうと立ち寄ったストランドa通りの女性店主に言われたことを、しばしば思い返していた。女性は占いの勉強をしていて、その日マーティンが店を初めて訪れたときも、(恐らくは訪れた他の客に対してと同様に)彼の手相を見てそう助言をした。

マーティンはしばらくのあいだ天井を睨みつけていたけれど、やがて起き直り、紅茶にレモンの汁を絞り入れた。紅茶は一瞬にして鮮やかなオレンジ色に変わった。マーティンは静かにカップを手に取ると、少しぬるくなったそのお茶をぐいっとひとくち飲み、右手で口を拭った。

部屋の壁時計を見ると、時刻は午後の2時半過ぎだった。マーティンはベッドの端に座り、両手を組み、頭を垂れてしばしのあいだ考えた。やがて再び顔を上げると、ベッド脇に置いた盆には手を触れず、さっそうと寝室を出て階段を降り、玄関ドアに引っ掛けたままのウールのコートを掴んで外に出た。

ドアの外で素早くコートを羽織ると、マーティンはそのまま勢いよく駆け出した。2月半ばの寒い昼だった。雪こそ降っていないものの、空は鈍い鉛色をしており、空気も重苦しく淀んでいた。運動することには慣れていなかったけれど、マーティンはただひたすらに走りたかった。途中でブーツの紐がほどけたことには目もくれず、自宅近くの道を、水仙通り、公園通り、聖オレルセン通り……と順々に抜けていき、白い息を吐きながらシリルとリディアの自宅があるホワイト・ヘイヴン第6区、ポプラ通り38aを目指して走って行った。